こんにちは。ぶ~ちゃんです。
諏訪大社四社巡り、記念すべき二社目にやってきたのは、神体山を背に荘厳な雰囲気を漂わせる「上社 本宮(かみしゃ ほんみや)」です。
「上社 本宮」には、徳川家康が寄進した国の重要文化財をはじめ、歴史的な建造物が数多く残されています。本殿を持たず、神体山を拝むという独特の信仰形態も大きな見どころ。また、諏訪の七不思議にまつわる伝説や、日本一の大太鼓など、神秘的な魅力が盛りだくさんです。
神聖な魅力と歴史的価値をお伝えしたいと思います。
諏訪大社 上社 本宮とは?神聖なる総本社へ
信濃国一之宮であり、諏訪大社の総本社の一つとして鎮座する「諏訪大社上社本宮」。
「上社前宮」からは西へ約2km、徒歩で30分、車なら5分ほどの距離にあります。諏訪湖の南東、豊かな自然を抱く守屋山(もりやさん)に囲まれたこの場所は、四社の中でも特に多くの歴史的建造物が当時のまま保存されている貴重なエリアです。
本殿なき神体山信仰:守屋山(もりやさん)を拝む
上社本宮を訪れて最も驚くのは、拝殿の奥にあるはずの「本殿」が存在しないことです。
背後にそびえる「守屋山」そのものを御神体として仰ぐこの形は、山に神が宿ると信じられていた社殿建築以前の「古神道」の姿を今に伝えています。
境内にある勅願殿(ちょくがんてん)は、この神霊が宿る守屋山へ向かって祈りを捧げるための特別な建物として用いられてきました。

徳川家康の寄進と武門の歴史
諏訪大明神は古来より軍神として知られ、戦国武将や徳川幕府から厚く崇敬されました。
本宮で最も古い社殿の一つである四脚門は、江戸時代初期に徳川家康の直命を受け、代官の大久保長安が建立したものです。これは、徳川幕府が諏訪大社を重要な守護神として位置づけた、歴史的な重要文化財です。
上社本宮の参拝ルートを歩く:東参道から境内へ
上社本宮には五之鳥居まで存在しますが、かつて朝日が昇る東側に位置する「二之鳥居(東参道)」から境内へ入るのが、正式な参拝順序とされていました。今回は、その古き良きルートを辿りながら境内の見どころをご紹介します。
北斗神社
「上社前宮」から「上社本宮」に向かう途中、気になる神社があったので紹介します。
その名は「北斗神社」です。
突如として現れた、山の急斜面を直登するかのような200段もの石段。
「寿命の神様」のようですが、急な石段を登り切るころには寿命が削られてしまいそうです。
今回は石段に積もった雪が氷になっており危険と判断して見送りました。
急峻な場所にも神が祀られる、古い山岳信仰の形が見て取れます。

三之鳥居
本宮の東参道入り口(二之鳥居)から200mほど手前を歩いていると、「三之鳥居」が出迎えてくれます。ここからすでに、神域へと続くプロローグが始まっています。

二之鳥居の手前の駐車場に「諏訪大社 本宮」の案内看板があります。
「上社本宮」は4社で最も参拝者が多いため、周辺には無料駐車場がいくつかあります。

二之鳥居
東参道の入り口となるのが「二之鳥居」です。
現在では北側にある「一之鳥居」から参拝する方が多いですが、正式な参拝順序はこちらの東側からとなります。

出早社
二之鳥居をくぐり、表参道に入ってすぐ左手に鎮座するのが「出早社(いずはやしゃ)」です。
地元では「お諏訪様の門番神」として深く敬愛されているだけでなく、なんと「イボを治すご利益」があるとも伝えられています。本来ならこの社の奥に「三之御柱」が見えるはずなのですが、訪問時は修復工事の養生幕にすっぽりと覆われていました。少し残念ですが、これもまた一期一会の風景ですね。

布橋【重要文化財】 & 二之御柱
国指定重要文化財の「布橋(ぬのばし)」という風情ある長い回廊が現れます。その入り口脇には、天を衝くように「二之御柱」がそびえ立っています。

「布橋」という名は、かつて上社の最高神官である大祝(おおほうり)が通る際、足元に布が敷かれたことに由来するのだとか。昔は一般の参拝客が足を踏み入れることが許されなかった、極めて神聖な通路です。一歩足を踏み入れると、何百年も昔の景色がそこにあるかのような、静謐な空気に包まれます。

「布橋」の左側には、絵馬や額を展示する「額堂」や、摂末社遙拝所が建ち並んでいるはずだったのですが、私たちが訪れた際には、文化財修理工事のため閉鎖されていて、中の展示を見ることができませんでした。残念。
大国主神社
布橋を歩いていくと、「大国主神社」にお参りすることができます。
こちらには、諏訪大神の御父神にあたる大國主命(おおくにぬしのみこと)が祀られています。

宝殿
布橋の途中で見えてくる2棟の美しい茅葺き屋根の建物が「宝殿」です。
向かって左が「東宝殿」、右が「西宝殿」と呼ばれ、かの有名な御柱祭の年に交互に建て替えが行われます。諏訪大社が「水の守護神」として信仰される根元とも言える、重要な社殿です。


四脚門
上社本宮でもっとも古い社殿です。徳川家康の直命を受けた大久保長安が建立したものです。
私たちが参拝したときには、工事用?の屋根があったので「四脚門」全体が分かりませんでした。
注目の一品だっただけに、こちらも残念でした。

布橋を抜けると、拝殿や拝所へとつづく門が左手にあります。

四之御柱
勅願殿、宝物殿の間に「本宮四之御柱遥拝所」があります。
山の斜面を見上げると、まっすぐに直立した神々しい「四之御柱」が見えます。
遠くにあっても、不思議なパワーを感じてしまいますね。

勅願殿
「勅願殿」は神霊が宿るとされる守屋山に祈りを捧げるための建物です。
「弊拝殿」は祭典や神事のための場所であり、一方で「勅願殿」は個人的な祈りを捧げるための場所として位置づけられています。

拝殿・幣拝殿
拝所は、一般参拝客が入ることができる最後の社殿です。
ここからさらに奥に位置する幣拝殿に向けて参拝を行うようになっています。
「幣拝殿」は、大社の定期的な祭典や重要な神事が行われ、公的な祈願が執り行われる場所です。
周囲が脇塀で囲まれているため、遠目に見ることしかできません。

一之鳥居
三本ある参道の中で最も幅が広く、賑わいを見せているのが北参道の「一之鳥居」です。
参道の両脇にはお土産屋さんや食事処がズラリ。冷え切った身体を温めるため、店内のストーブにあたりながら名物の「五平餅」を頬張りました。甘辛い味噌の香ばしさと温かいお茶が、歩き疲れた身体にじんわりと染み渡ります。

一之御柱
北参道側の入り口となる一之鳥居をくぐり、拝殿へと続く石段の脇には「一之御柱」が堂々とそびえ立っています。間近で見上げる巨木の迫力は圧巻の一言です。

明神湯
屋根がある立派な手水舎の隣には、「明神湯」という温泉水の手水舎があります。
この温泉は諏訪明神に関連しており、諏訪の温泉の源泉であるとも言われています。
寒かったこの日は心地よい温かさに感じたので、お湯の温度は少し高めだと思います。

高島神社
「高島神社」に祀られている祭神は、江戸時代初期に高島藩を再興した三代の藩主、諏訪頼忠公、諏訪頼水公、諏訪忠恒公です。

天流水舎
次に右手に鎮座するのが、これも諏訪大社七不思議のひとつである「天流水舎」。
「どんな晴天の日でも、雫が三滴は屋根上の穴から降り落ちる」と言い伝えられています。
天流水舎の脇には、拝殿の方に上がる石段があります。

神楽殿
天流水舎の向かい側が「神楽殿」です。四方向すべて吹き通しとなっています。江戸時代後期に建立されたものです。
神楽殿の内部には、目を引く特大の太鼓が安置されています。この太鼓は、一枚の皮で作られており、そのサイズは日本で最大とされています。年に一度、元旦の朝にだけ打たれる大太鼓です。
布橋を通る際にも横目に見えていましたが、ほんと大きな太鼓でしたよ。

五間廊・勅使殿
奥に進んでいくと重要文化財の「五間廊」「勅使殿」があります。
どちらも国の重要文化財です。

神馬舎
さらにその奥、最初に入ってきた「二之鳥居」付近に諏訪大神の神馬の屋形である「神馬舎」があります。こちらも重要文化財です。銅製の神馬と木製の神馬が安置されています。
あまり人はおらず、ひっそりと佇んでいました。

上社本宮 御宿場印
上社前宮の御朱印は社務所で頂くことができます。
社務所は一之鳥居(北鳥居)をくぐってすぐ右手にあります。


「上社 本宮」は、徳川家康ゆかりの重要文化財、布橋の神聖な歴史、そして神体山を拝む古代からの信仰が凝縮された、まさに諏訪大社の「顔」というべき場所でした。残念ながら工事で見られなかった箇所もありましたが、それもまた次に訪れる時の楽しみです。
遠くに見える御柱や、温泉が湧き出る手水舎など、一つひとつに神秘的な物語があることに感動しました。
四社巡りの旅はまだまだ続きます!次回は、諏訪湖を渡り、いよいよ「下社 秋宮」へ。
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