こんにちは。ぶ~ちゃんです。
富士川と間の宿・岩淵を抜け、いよいよ第15の宿場町「蒲原宿」へと足を踏み入れます!実はこの蒲原宿、江戸初期の高潮被害によって内陸側に移転したという歴史を持っているんです 。町全体がしっとりと落ち着いた空気に包まれていて、歩くペースも自然とゆっくりになります。江戸時代の美しい「なまこ壁」から大正モダンな洋風建築まで、時代が地層のように重なり合うタイムスリップ旅行へ、一緒に出発しましょう!
東海道11日目-2
街道の景色が少しずつ変わり、宿場町特有の整然とした区画が見えてきました。
第15の宿場町「蒲原宿」の入り口へ
かつての宿場町は、明確な境界線を持っていました。ここからは、旅人を迎え入れる防衛と歓迎の入り口です。

江戸日本橋より三十八里目「蒲原一里塚」
東から蒲原宿へ向かうと、まず目に入るのが「蒲原一里塚跡」です。ここは宿場東側の基準点となる交通標識でした 。江戸から歩いてきた旅人たちが、「ようやく蒲原に着いたぞ」とホッと一息ついた光景が目に浮かびますね。

蒲原宿 東木戸
一里塚のすぐ近くにあるのが「蒲原宿 東木戸」です。これは宿場の東口を示す構造物跡であり 、宿場町という空間的境界を規定する軍事・治安上の施設としての役割を果たしていました 。見えない門をくぐるように、一歩足を踏み入れると、背筋が少しピンと伸びる気がします。


そのすぐ先に、巨大なパイプが見えてきます。水力発電の導水管です。
巨大建造物には何となくわくわくしてしまいます。

木屋江戸資料館
宿場内に入って散策していると、「木屋江戸資料館」を見つけました。ここは江戸期の商家の暮らしを伝承する商業施設・展示スペースです 。建物の中から古い木材の香りが漂い、江戸時代の町人たちの活気ある声が聞こえてきそうです。


龍雲寺
さらに街道を進むと、少し奥まったところに「龍雲寺」が現れます。
静かな佇まいのお寺ですが、実はここは江戸時代前期に起きた大乱闘事件で大立ち回りを演じた「大久保甚太夫」のお墓がある、知る人ぞ知る歴史スポットなんです。
事件の舞台となった「西木戸跡(茄子屋の辻)」の項目でたっぷりとご説明しますね!

防火の知恵と富の象徴!美しい「なまこ壁」の町並み
蒲原宿を歩いていて一番目を引くのが、白と黒のコントラストが美しい「なまこ壁」の建物たちです。思わず立ち止まってカメラを構えたくなるスポットが連続しますよ。
蒲原宿ならではの建築美を堪能
佐藤家なまこ壁の家
見事な保存状態に驚かされるのが「佐藤家なまこ壁の家」です。これは防火構造を備えた町屋の代表格です 。漆喰の滑らかな手触りと、瓦の硬質な質感が織りなす壁面は、まるで芸術作品のようです。

吉田家住宅
佐藤家と並んで宿場の歴史的景観を構成しているのが「吉田家住宅」です 。こちらも立派ななまこ壁を備えており 、青空に白漆喰がよく映えます。街道沿いに並ぶ重厚な家々を眺めていると、江戸の豪商たちの誇りを感じますね。

問屋場跡
小川の手前に「問屋場跡」の案内板がありました。ここは人馬の継立を担った中枢施設跡です 。かつてはここで多くの荷物が行き交い、馬のいななきや人々の怒号が飛び交う、宿場で最も熱気にあふれた場所だったのでしょう。

蒲原 夜之雪記念碑
そして小川に沿って少し南に進むと、歌川広重の浮世絵顕彰碑である「蒲原 夜之雪記念碑」があります 。
広重の『東海道五十三次』の中でも最高傑作の一つと評される「夜之雪」ですが、実は温暖な気候の蒲原に深雪が降ることは極めて稀なんです 。
これは、広重が現実の風景をそのまま写生したのではなく、「芸術的な想像力」と「旅の情緒」を優先して、あえて雪景色としてドラマチックに描いたことを示しています。浮世絵というメディアがいかにして東海道のイメージを日本全国に定着させたかを示す文化史的モニュメントなんですよ 。


旅籠和泉屋
庶民の宿泊施設であった「旅籠和泉屋」は、国登録有形文化財に登録されており、現在もお休み処として活用されています 。当時の旅人の雰囲気を味わいながら休憩することができます。
蒲原宿にはかつて40軒ほどの旅籠がありましたが、当時の姿を今に残す数少ない建築物の一つとなっています。

蒲原宿西本陣(平岡本陣)跡・佐藤家
一方で、大名などの最高位の宿泊施設だったのが「蒲原宿西本陣(平岡本陣)跡・佐藤家」です 。庶民が泊まる旅籠とは一線を画す立派な門構えを想像しながら歩くと、宿場町の階層構造が立体的に浮かび上がってきます 。

手作りガラスと総欅の家(磯部家)
「手作りガラスと総欅の家(磯部家)」は、重厚な欅材という伝統的な和風建築の骨格に、2階窓ガラスには明治・大正期に生産された手吹きガラスを組み込んでいます 。大正期の素材を用いた歴史的建造物であり 、揺らぎのある手吹きガラス越しに見る街道の景色は、なんとも言えないノスタルジックな美しさがあります。

蒲原宿高札場跡
行政・情報伝達の場であった「蒲原宿高札場跡」です。ここは幕府の法令掲示場跡でした 。当時の庶民たちが、お触れ書きの前で顔を寄せ合って話をする姿が目に浮かびますね 。

旧五十嵐歯科医院
そして蒲原における近代化遺産の最高峰が、国登録有形文化財の「旧五十嵐歯科医院」です 。元来は大正期以前に建てられた町家でしたが、大正3年(1914年)に当時の当主が歯科医院を開業するにあたり、外観や内装を洋風に大改築した特異な擬洋風建築です 。

志田家住宅主屋(東海道町民生活歴史館)
国の登録有形文化財に指定されている「志田家住宅主屋」です。「東海道町民生活歴史館」として一般公開されており江戸後期から昭和初期にかけて志田家で実際に使用された「衣食住・商工農・教育・旅」に関する生活関連品が展示されていますようです。
(※週末のみの開館となっており、平日に訪れた私たちは残念ながら中に入れませんでした!訪問予定の方は曜日にご注意を。)

西木戸跡・茄子屋の辻
蒲原宿の西の玄関口です。この西木戸の傍らに茄子屋と呼ばれる茶屋が営業していたことから、この一帯の曲がり角は「茄子屋の辻」と呼ばれるようになりました。実はここ、ただの曲がり角ではありません。江戸時代、歴史に残るすさまじい流血の事件が起こった場所なのです!



昔々、槍がすっごく上手な高松藩の大久保甚太夫たちと、薩摩藩の大名行列が道ですれ違ったんだブ。
その時、お互いの槍の先っぽがコツンってぶつかっちゃって、そこから大げんかになっちゃったんだブ!甚太夫たちは、薩摩藩藩士を相手に、なんと70人近くも倒すくらい大暴れしたんだけど、最後は倒れちゃったんだブ。
道ばたで起きた、歴史に残るすっごい決闘のお話なんだブ!
今回は、江戸の面影を伝える美しい「なまこ壁」から、大正ロマンあふれる「擬洋風建築」までがギュッと詰まった、見どころ満載の「蒲原宿」の歩き旅をお届けしました。
次回は、ここからさらに西へ進み 宿場町「由比宿」へ。そしてついに、旧東海道屈指の絶景ポイントであり、旅人を泣かせた最大の難所「薩埵峠」へとアタックします!
海と山が迫る歴史散歩になりますので、次回のブログもぜひ楽しみにお待ちくださいね!
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