こんにちは。ぶ~ちゃんです。
東海道歩き旅もいよいよ12日目に突入です。
今回は静岡県の興津駅から、次なる宿場町・江尻宿の入り口を目指して歩きます。
かつて「政界の奥座敷」と呼ばれた風光明媚な興津宿は、徳川家康ゆかりの「清見寺」や西園寺公望の別荘「坐漁荘」など、歴史ファン必見の重厚な史跡が目白押し。
美しい海と山に囲まれた街道の歩き旅の記録をお楽しみください。
東海道歩き旅12日目-1
興津駅
爽やかな朝の空気を胸いっぱいに吸い込み、興津駅を出発!


駅から歩き出してすぐ、前回の終了地点に出ます。街道沿いには、昔ながらの美しい格子戸を持つ民家や、色褪せた木の看板を誇らしげに掲げた老舗の商店がポツポツと残っています。車の往来はそこそこありますが、歩道がしっかりと整備されているため、夫婦で並んで安心して歩みを進めることができました。

興津宿公園
歩き始めてほどなく、旧東海道沿いに整備された小さな「興津宿公園」に到着しました。ここは宿場の歴史を解説する案内板やベンチが設置されており、私たちのような徒歩旅行者にとって絶好の休憩ポイントです。



興津宿東本陣跡
現在、建物自体は残っていませんが、この場所に格式高い宿があったことを示す案内板が立っています。

宮様まんぢう本舗「潮屋」
甘い香りに誘われて立ち寄ったのが、明治時代創業の老舗和菓子店「潮屋」さん。明治天皇の皇太子(後の大正天皇)に献上されたことからその名がついたという「宮様まんぢう」で有名なお店です。元老・西園寺公望も愛したという名菓、甘党の私たちが素通りできるはずがありません。




名物の「宮様まんぢう」、たまらないブ!一口サイズでころんとしてて、めちゃくちゃ可愛いブ〜!生地をパクリと食べると、優しい香りがお鼻をスゥーっと抜けていくんだブ!中にはしっとりした自家製のこし餡がぎっしり詰まってて、甘さ控えめでお上品な味わいなんだブ〜!
皇族の方々が愛したのも納得の美味しさだブ!これならパクパクと何個でもいけちゃうブ!
興津宿脇本陣水口屋跡
美味しいお饅頭をいただいた後に、歩き進めてすぐ見えてくるのが「水口屋跡」。江戸時代には脇本陣を務め、のちに高級旅館「水口屋」として多くの著名人に愛された名旅館です。
現在は「水口屋ギャラリー」として整備され、当時の調度品や歴史的資料が一般公開されています。街道筋の格式高さを今に伝える貴重なスポットです。



興津宿西本陣(手塚本陣)跡
興津宿には2つの本陣がありましたが、そのうちの1つがこの手塚本陣です。こちらも現在は建物は残っておらず、跡地を示す石碑や案内板が設置されるのみですが、興津宿がいかに重要な拠点であり、多くの旅人や要人で賑わっていたのかを物語っています。

徳川家康ゆかりの名刹「清見寺」
歩き始めてしばらくすると、右手の小高い場所に「清見寺」が見えてきます。ここは今回のルートで絶対に立ち寄りたかったハイライトの一つ!奈良時代に創建されたという超名刹で、鎌倉・室町時代から東海道屈指の寺院として強い勢力を誇っていました。


あの徳川家康が幼少期(竹千代時代)に今川氏の人質となっていた頃、ここで当時の住職であった太原雪斎から学問を学んだとされています。


境内には家康公がお手植えしたと伝わる梅の木や、朝鮮通信使の使節の宿泊所として使われた国の史跡および名勝の庭園があり、文化財として極めて高い価値を保っています。


左手奥には圧巻の「五百羅漢石像」があります。


清見寺の最大の特徴は、なんとお寺の境内(山門と仏殿の間)をJR東海道本線の線路が横切っていることだブ!
明治時代に鉄道を敷設する際、海側は波が高く危険だったため、やむを得ずお寺の境内を通すルートになったんだブ。当時は景観が損なわれると反対の声もあったらしいけど、今では古いお寺の静寂の中を近代的な電車がガタンゴトンと走り抜ける、とっても不思議でロマンあふれる景色になっているんだブ〜!鉄道ファンにも人気のスポットだブ!
静寂な境内に響く読経の声と、時折駆け抜ける電車の音。過去と現在が交差するような、現代の東海道らしいこの雰囲気が、私はけっこう好きです。
御朱印をいただいてきました。

西園寺公望の別荘「坐漁荘」
清見寺から少し歩くと、「坐漁荘」という趣のある日本家屋が見えてきます。ここは、明治から昭和にかけて活躍した政治家・西園寺公望(さいおんじ・きんもち)が晩年を過ごした別荘のです。 「何もせず、ただのんびりと魚を釣って過ごしたい」という意味が込められた名前だそうです。
建物は優美な「京風数寄屋造り」で、竹を愛した西園寺の好みが反映され、随所に竹の意匠が施されています。




静養を目的としていたものの、実際にはここで日本の重要な政治の話し合いが行われ、「興津詣で」という言葉が生まれるほどでした。政界の要人たちが頻繁にこの別邸を訪れて意見を求めたため、当時の興津は「日本の政治を動かす地」として極めて重要な役割を担うこととなりました。

井上馨の像
続いて、明治の元勲・井上馨の銅像へ。井上馨はこの興津に別荘「長者荘」を構え、この地の避寒地としての価値を高めた功労者です。現在は興津生涯学習交流館周辺に建立されており、興津の海を見守るように立っています。
後に西園寺公望が「坐漁荘」を構えるなど、興津は旧東海道の宿場町から、明治・大正期の要人が集う「日本の政治を動かす地(避寒地・別荘地)」へと変貌を遂げることとなりました。


昔の日本を新しくするために、とっても頑張ったすごい人なんだブ!
外国の人と上手にお話をしたり、国のお金の計算をする、偉いリーダーだったんだブ。日本を外国みたいにオシャレにする「鹿鳴館」っていうピカピカで素敵な建物を作ったりもしたんだブ。
三井財閥などの財界とも強力なパイプを持っていて、みんなから「元老」って呼ばれて頼りにされる、すーっごく力のある政治家さんとして大活躍したんだブ!
細井の松原
旧東海道沿いに植えられた松並木の名残です。現代の道路拡張等で数は随分と減ってしまったものの、立派な枝ぶりを見せる一部の松が大切に保存されており、江戸時代の街道の面影を現在に伝えてくれています。


江戸日本橋から四十一里目「辻一里塚」・高札場跡
歩き進めると、江戸日本橋から数えて41番目にあたる「辻一里塚」に到着しました。駿河湾沿いの難所を越えてきた旅人が江尻宿へ入る手前の重要な目印となっていました。
この交差点には高札場跡もありました。


日本橋から十八番目の宿場町「江尻宿」
江尻宿東木戸跡
そしてついに、第18次・江尻宿の東の入り口である「東木戸(見附)」があった場所に到着!現在は立派な標柱が建っており、ここからが江尻宿であったことを示しています。いよいよ次の宿場町へ足を踏み入れます。


今回は興津駅から江尻宿東木戸跡までの道のりをお届けしました。海と山に囲まれ、家康公から明治の元勲まで多くの偉人に愛された興津宿は、歩くほどに歴史の奥深さを感じられる素晴らしい場所でした。美味しいお饅頭のパワーもあり、夫婦ともに元気に歩き切ることができました!
次回はいよいよ、清水の次郎長でも有名な「江尻宿」の中心部へと足を踏み入れます。どんな出会いや美味しいものが待っているのか、次回の更新もぜひお楽しみに!
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