日光街道歩き旅【5日目①】古河宿散策|茨城県唯一の宿場。武家屋敷や万葉碑が残る街

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日光街道
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こんにちは。ぶ~ちゃんです。

日光街道歩き旅もついに5日目。今回は、古河宿の続きから野木宿、間々田宿を経て小山宿までの約16kmを目指します。街道の折り返し地点が近づき、足取りも自然と力が入る……と言いたいところですが、昨日の4万歩のダメージがしっかり体に刻まれています。しかし、朝食バイキングでエネルギーをフル充填した今の私は無敵です。歴史の風が吹き抜ける古河の街並みを、一緒に歩いてみましょう。

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日光街道の旅 5日目-1

古河宿 つづき

8:30
爽やかな朝の空気に包まれながら、古河駅西口に立ちました。昨日からの疲れで少し体は重いですが、かかとサポーターのおかげでマメの痛みはありません。

ここで、隣を歩く妻が「私はバイキングの食べ過ぎで体が重い…」と、歴史の重みではなく胃袋の重みを訴えてきました。彼女の燃費の良さ(悪さ?)にはいつも驚かされますが、その明るさが旅のいいスパイスになっています。さて、準備は万全。古河の深い歴史の中へと漕ぎ出しましょう。

古河駅前の万葉集歌碑

駅を出てすぐに目に飛び込んでくるのが、立派な石碑です。これは約1200年前の「万葉集」に詠まれた、古河の地を想う歌を刻んだもの。奈良時代からこの地が人々に親しまれていた証拠ですね。

JR古河駅西口から西へ約400メートル歩くと「古河駅西口入口」交差点に出ます。前日に歩いた南北に通る大通りが旧日光街道です。

古河城下高札場跡と本陣跡

交差点の角には「古河城下高札場址碑」があります。

高札場の道路向い側に「古河城下本陣址」の碑があります。
この周辺は脇本陣、問屋場などがあり古河宿の中心地だったのでしょうね。

御宿場印「古河宿」を手に入れた!

交差点を西側に向かって50m程歩くと「鈴木園」があります。
ここで「古河御宿場印」を手に入れることができます。
※肴町通り「坂長」でも入手できます。昨日通った立ち寄ったのが閉店後でした。

場所  :鈴木園
営業時間:9:00~18:00

休業日 :月曜・夏季休業・年末年始等


交差点に戻り、北に150mほど歩くと「金刀比羅宮」が現れます。
一段高い場所にあるので目に留まります。幸福神として信仰されていて、当時は立派な装飾が施されていたようです。

かぎ型の道と日光街道道標

歩道の真ん中に突如現れる「左 日光道」の道標。道が直角に折れ曲がる「桝形(ますがた)」の構造は、城下町特有の防御の知恵です。

そして交差点の対角にある常夜灯型の「日光街道道標」です。
この道標には「右 江戸道」「左 日光道」と刻まれており、古河市の指定文化財に指定されています。

尊勝院

少し寄り道をして訪れた「尊勝院」は、驚くほど手入れが行き届いた清らかなお寺でした。ここは古河公方ゆかりの地。足利尊氏の父・貞氏が不動明王を信仰したのが始まりとされ、歴史の重みが空気の密度を変えているかのような静寂に包まれています。

ブーちゃん
ブーちゃん

尊勝院
このお寺は古河公方にゆかりがある歴史的な場所なんだブ!もともとは足利尊氏のお父さん、貞氏が不動明王を信仰して、不動堂を建てたのが始まりだブ。それが古河に移転したのは、足利成氏が移動したからなんだブ。このお寺には、古河公方の領地が東京の品川まで広がっていたことを示す「足利義氏充行状」が残されていて、市の文化財として守られているんだブ!

神宮寺

交差点に戻り、日光街道方面(西)に50m程進んだ右手に「神宮寺」があります。

大安3年(1446年)に創建され、1455年に古河公方として知られる足利成氏が鎌倉から移り住んだ際に一緒に移された由緒あるお寺です。寺には十一面観世音菩薩が安置されていて、この仏像は茨城県の有形文化財に指定されています。

よこまち柳通り

その先の十字路を右に曲がると「よこまち柳通り」と刻まれた石碑があります。
この通りは江戸時代に「横山町通り」と呼ばれ、古河宿の北の玄関口として旅籠や茶店が立ち並び、大いに賑わっていたということです。

古河提灯竿もみ祭り発祥地碑

道の左手には「古河提灯竿もみ祭り発祥地碑」が建っています。

「古河堤提灯もみ祭り」は、長い竹竿の先に提灯をつけ、大勢がその提灯の火を消し合う激しい祭りです。関東の奇祭とも呼ばれており、元々は野木神社の神事として行われていた竿もみが、ここ横山町通りでも行われるようになったそうです。

武蔵家本店と遊郭の面影

さらに進むと、創業百年の鰻の老舗「武蔵家本店」が見えてきます。この周辺はかつて遊郭があった場所。歴史の光と影が交差するエリアですが、朝の光に照らされた現在は、ただ穏やかで情緒ある町並みが続いています。老舗の建物が放つ独特の風格に、歩く足も少しゆっくりになります。

正麟寺(しょうりんじ)

古河城主・小笠原家によって創建された「正麟寺」。境内には古河藩の重鎮、鷹見泉石の墓もあり、この街が武家の街であったことを物語っています。掃き清められた境内を歩くと、歴史を守り継ぐ人々の丁寧な営みが伝わってくるようです。

本成寺(ほんじょうじ)

赤い山門が目を引く「本成寺」は、古河城の北門を移築したと伝えられています。天を突くような大きなイチョウの木と立派な鐘楼堂が、訪れる者を圧倒します。名医・河口信任の墓もあり、古河が文化や学問の先端地であったことも教えてくれる、見どころの多いお寺です。

お寺は綺麗に手入れが行き届いており、とても清々しい気持ちになれました。


9:45
本成寺から少し歩いた交差点に灯篭があります。ここで古河宿ともお別れです。

史蹟 栗橋道の道標

古河宿の終わりを告げる交差点に、ぽつんと立つ「史蹟 栗橋道」の道標。なぜここに?という謎は残りますが、それもまた歩き旅の醍醐味です。ここから先は、いよいよ次の宿場町「野木宿」への道が始まります。

振り返れば、古河の濃密な歴史が遠ざかっていく。名残惜しさを感じつつ、次の一歩を踏み出します。

古河宿の散策、いかがでしたか?室町から江戸へと続く時間の層を、自分の足で一歩ずつ紐解いていく感覚は、歩き旅でしか味わえない贅沢な体験です。

さて、5日目第1回の旅はここまで。次回は、さらに北へと進み、神秘的な雰囲気を纏う「野木神社」と、静かな時間が流れる「野木宿」の様子をお届けします。街道歩きは、まだまだ驚きと発見に満ちています。ぜひ、次回の更新も楽しみにしていてくださいね。

次は、野木神社の深い緑の中でお会いしましょう!

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