日光街道歩き旅【4日目①】粕壁宿〜杉戸宿|桐タンスの街から杉戸宿散策へ

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日光街道
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こんにちは。ぶ~ちゃんです。

日光街道を歩く旅も、いよいよ4日目に突入です! 前回ゴールした「春日部駅」から、今日は埼玉六宿の残り三宿(杉戸・幸手・栗橋)を抜け、利根川を越えて茨城県「古河宿」までを目指す、約20kmの長丁場です。

今回のハイライトは、「粕壁宿」から「杉戸宿」への道中。 この区間は、江戸時代から続く伝統工芸の息吹や、松尾芭蕉にまつわる歴史ミステリー、そして重厚な蔵造りの商家など、見どころが目白押しです。初夏の風を感じながら、歴史と自然が織りなす街道のドラマを一緒に紐解いていきましょう!

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日光街道の旅 4日目-1

粕壁宿から杉戸宿への道中

8:30
春日部駅から4日目の旅がスタート! 私たちが歩いたのは6月。街道沿いには色鮮やかな紫陽花が咲き誇り、旅の再開を祝福してくれているようでした。

新町橋と上喜蔵河岸跡

大落古利根川(おおおとしふるとねがわ)にかかる「新町橋」を渡ります。 かつてこの川は江戸への物流の大動脈でした。粕壁宿は舟運の拠点としても栄え、この橋のあたりには「上喜蔵河岸(かみきぞうかし)」と呼ばれる船着場があり、米や物資の積み下ろしで大変な活気だったそうです。

八坂香取稲荷神社合社

橋を渡ってすぐの信号交差点付近に、「八坂香取稲荷神社合社」があります。この神社は1429年に下総国一宮である香取神宮を勧請して創建された、長い歴史を持つ神社です。八坂と稲荷は末社として祀られたもの。

江戸日本橋から九里目「小渕一里塚」

少し歩くと、小さな交差点の一角に突然「小渕一里塚」が現れます。一里塚の隣には、道標を兼ねた庚申塔が建っていました。

一里塚から100mほど歩くと、創業200年の長い歴史を持つ「山田桐箪笥製作所」があります。お店のシャッターには、その歴史を伝える美しい絵が描かれていました。
春日部は「桐タンス」が有名でもありますね。

ブーちゃん
ブーちゃん

春日部の桐タンス
日光東照宮を作った工匠さんたちに起源がるブ!最初は農業の合間に作られてたけど、江戸への運びが楽になって、専門の人が増えたブ!明治時代には全国に広がって、今では伝統を守りつつ、オシャレなインテリアにもなってるブ!


山田桐箪笥製作所前にある分岐に「小渕追分」石碑があります。
「日光街道」と「関宿往還」の追分です。

追分を過ぎ、再び国道4号(旧道)に合流します。
またしばらく景色の変化の少ない道を進んで行くことになります。

観音院

追分から500mほど歩いたところに、立派な仁王門を構える「観音院」があります。 この仁王門は1689年に建てられたもので、市指定文化財。そしてここには、旅人にとって興味深い伝承があります。なんと、あの松尾芭蕉が宿泊したお寺とも言われているんです!境内には芭蕉句碑も建てられていました。

粕壁宿にある「東陽寺」も宿泊地と言われていますが、どちらが本当の宿だったのか…歴史のミステリーですね。

ブーちゃん
ブーちゃん

観音院
鎌倉時代に建てられたお寺で正式には「小渕山観音院」って呼ばれているんだブ。すごい歴史があるんだブ!しかも埼玉県指定有形文化財の「円空仏七躯」あって、めっちゃ貴重なんだブ。60年に一度の御本尊御開帳があるんだブ。


観音院から1kmほど進むと、「杉戸町」の案内板が現れます。杉戸町の町章は、地形が鷲の形に似ていることから、鷲をモチーフにしているそうです。かっこいい!

すきすきすぎーと36(北緯36度線)

9:00
町境を越えてすぐ、不思議な地球儀のモニュメントが出現! ここは「北緯36度線と国道4号の交点」を示す場所で、「すきすきすぎーと36」という愛称がついています。緯度経度を示すモニュメントなんて珍しいですよね。大型車も停められる休憩スペースになっていて、食堂も併設されていました。

モニュメントから1kmほど進んだ歩道橋の手前で、道を斜め左方向へ。東京から39km地点。ゴールの日光まではあと約100km…!まだまだ長い道のりですが、一歩一歩進んでいきます。

九品寺(くほんじ)

左手に現れる「九品寺」。 境内の片隅には、地蔵堂と庚申塔を兼ねた「日光街道の道しるべ」があります。
旅人が休む場所になっていたそうです。


「第六天神社」です。小さいながらも風格のある佇まいです。綺麗に手入れされているようです。

その先コンビニのある交差点で、再び旧4号と合流します。

馬頭院

再び国道と合流し、500mほど歩くと「馬頭院」に到着します。 山門の手前には弘法大師の石像が。ここには杉戸町最古の石塔婆があるそうですが、茂みの中にあり、今回は残念ながら写真に収めることができませんでした。杉戸七福神の一つ、大黒天も祀られています。

馬頭院を出て先に進むと、「新知学校跡」の案内板が目に入りました。この場所は、明治6年に設置された新知学校が、明治35年(1902年)に移転されるまで使用されていた場所です。

日本橋から5番目の宿場町「杉戸宿」

10:00
信号のある分岐を左側に進み、いよいよ「杉戸宿」に入っていきます! 草加宿や粕壁宿と同じように、宿場の入口で旧道が分岐する形になっていて、雰囲気が似ています。

分岐を左に進んですぐ右手に公園がありました。
街中にある普通の公園のようでしたが「杉戸宿」の案内がありあました。

ブーちゃん
ブーちゃん

杉戸宿
江戸から5番目の宿場で、本陣が1軒、脇本陣が2軒、そして旅籠屋が46軒もあったんだブ!今でも古民家や商家が残っていて、昔の宿場町の雰囲気が味わえる歴史的な町並みが見られるんだブ。


しばらく住宅街を進んで行きます。
綺麗に整備された道ですが、それほど交通量はありません。

江戸日本橋から十里目「三本木一里塚」

静かな住宅街を進んでいくと、400mほど先の民家の垣根の中に、「三本木一里塚」の案内板を発見! ついに江戸から十里(約40km)まで来ました!

豊嶋屋関口式右衛門邸

一里塚から700mほど進むと、重厚な黒塀と立派な門構えの建物が現れます。「豊嶋屋関口式右衛門邸」です。
案内板によると、1822年創業の老舗で、現在は14代目が「関口酒造」として造り酒屋を営んでいます。なんとその祖先は、今川義元の養女であり、徳川家康の最初の正室となった人物に繋がるのだとか!歴史の深さに驚きです。

伏見屋/伏見屋久五郎邸

少し進んだところに「伏見屋/伏見屋久五郎邸」があります。
現在は酒類の販売業を営んでいます。敷地内には150年以上前に建てられたと言われる蔵があり、今もなお立派にその役割を果たしています。

高札場(復元)

宿場町の雰囲気を伝える「高札場」です。
これは、平成28年(2016年)の杉戸宿開宿400年プロジェクトの一環として復元されたものだそうです。実際の高札場跡はもう少し進んだ場所にありました。

近津神社

「近津神社」です。ここから社殿まで少し距離があります。
社殿に素晴らしい彫刻があったそうですが、2001年の不審火で本殿共々全焼してしまったそうです。珍しい「見返り狛犬」もいるそうです。

御宿場印「杉戸宿」を手に入れた!

10:30
ここで少し街道を外れて、大落古利根川沿いにある「杉戸町観光案内所 流灯ふれあい館」へ寄り道。 目的はもちろん…「杉戸宿 御宿場印」です!

場所  :杉戸町観光案内所 流灯ふれあい館
営業時間:9:00~16:00

休業日 :水曜日・木曜日・夏季休業・年末年始等

春日部から杉戸宿への道中、いかがでしたでしょうか。 華やかな紫陽花に始まり、職人技が光る桐箪笥、芭蕉の足跡、そして杉戸宿の重厚な商家たち。単調に見える国道歩きも、少し視点を変えれば発見の宝庫です。

次回は、杉戸宿を後にして「幸手宿(さってじゅく)」へ向かいます。 幸手といえば…そう、あの桜の名所や、街道一の難所と言われた場所も登場します。日光街道歩き旅4日目、まだまだ続きますのでお楽しみに!

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