日光街道歩き旅【3日目③】粕壁宿散策!浜島家土蔵と最勝院 歴史ある宿場の面影

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日光街道
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こんにちは。ぶ~ちゃんです。

日光街道歩き旅3日目3回目です。

今回は江戸日本橋から数えて4番目の宿場町「粕壁宿」をじっくりと散策します。
江戸時代に本陣・脇本陣や多くの旅籠で栄えたこの宿場町は、今も歴史的な土蔵や文化財が点在し、かつての街道の面影を色濃く残しています。春日部氏ゆかりの「最勝院」や、明治時代の風情を漂わせる「田村荒物店」「浜島家住宅土蔵」など、一歩足を踏み入れるだけで歴史ロマンを肌で感じられるエリアです。
照りつける太陽とアスファルトの熱気を感じながら、歴史の足跡をたどる粕壁宿の歩き旅。その魅力と臨場感を、たっぷりの写真とともにお伝えしていきたいと思います!

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日光街道の旅 3日目-3

粕壁宿までの道中

13:00
「備後の一里塚」から200m程歩を進めたところで、「善巧寺」が見えてきました。
ふと境内を見ると、旅装束をまとった立派な銅像が。松尾芭蕉の像かな?と胸を躍らせて立ち寄ってみたのですが、よくよく見てみると「親鸞聖人」のお姿でした。街道沿いにある旅姿の像がすべて芭蕉だと思い込んでしまうのは、街道歩き旅あるあるですね。

日本橋から34km地点です。
この先「粕壁宿」まではこのような風景が約2kmにわたって続きます。
道の両側にはお店が立ち並び、車の交通量も多いです。

スーパーのすぐ隣を歩いていると、ふいに歴史を感じさせる古い石碑が現れました。「浅間大神一信講社」と深く刻まれています。これは江戸時代に庶民の間で大流行した富士山信仰「富士講」に関連する碑だと思われます。

そのまま進むと、「東武アーバンパークライン」のガードをくぐります。大宮から船橋間を結ぶ郊外路線で、かつては「東武野田線」の路線愛称で親しまれていました。
ベッドタウンを繋ぐ路線なので、通勤で使用する人が多いようです。

八坂神社

ガードを越え、その先にある歩道橋のたもとに見えてくるのが「八坂神社」です。ここはまさに粕壁宿の南の入口にあたり、江戸時代には「牛頭天王社」と呼ばれ、宿場の市神として深く信仰されてきました。現在も続く「春日部夏まつり」の起源とも言われる由緒ある神社です。

ここまで順調に歩いてきた我々でしたが、アスファルトの照り返しと強い日差しが体力を奪っていたようです。少し前から無口になっていた妻が、ついに「もう歩けない…」とダウンしてしまいました。
普段は元気になるとすぐ調子に乗る妻が、珍しくぐったりしている姿を見て少し焦りましたが、神社の涼しい木陰で座らせていただき、しばらく休憩を取ることに。
水分をしっかり補給し、しばらく風に当たると妻の顔色もすっかり回復。しかし今日は無理をせず、ここ粕壁宿で早めに切り上げる決断をしました。街道歩きは「早めの退避と勇気ある撤退」が何より大切です。

日本橋から4番目の宿場町「粕壁宿」

八坂神社の前にある交差点を左折(東側)すると、いよいよ「粕壁宿」に入ります。

加宿や越谷宿と比べると歩道が広くきれいに整備されており、整然とした直線的な町並みが特徴的です。
江戸・日本橋から一日中歩き続けると、ちょうど最初の宿泊地となる宿場町がこの「粕壁宿」であったため、多くの旅人がここで宿を取ったようです。我々は既に3日目です…

ブーちゃん
ブーちゃん

粕壁宿
江戸時代に作られた宿場町で、古利根川を通じて江戸とつながってたブ!物資の集散地として繁栄して、本陣1、脇本陣1、旅籠45軒があったブ。「春日部」の名前は新田義貞の家臣、春日部氏から来てるんだブ。江戸時代には「糟壁」や「糟ヶ辺」とも書かれて、明治期に「粕壁」に統一されたブ。1944年に春日部町になったブ。

脇本陣跡

宿場に入って200mほど歩くと、歩道の片隅に「脇本陣跡」と記された木の標柱が立っています。残念ながら当時の面影は全くなく、現在は立派なマンションが建っています。

これから先にも同様の標柱や、案内板が多々登場します。我々にとっては、どの地点がどのような歴史を持っているかを簡単に理解することができてとても便利でした。ありがたいですね。

汗①

粕壁宿の歩道には、こうした案内板や宿場町をイメージしたイラストが描かれた変電設備が随所にあり、歴史を知らない観光客でも楽しく散策できる工夫が凝らされています。

本陣跡

脇本陣から150m程歩いたところに「本陣跡」の標柱がありました。

さらに100mほど歩くと、歴史を感じさせる「日光道中」の古い道標が姿を現します。石には「日光」「江戸」「岩槻」の文字が深く刻まれています。
蔵造りの商家前に建てられているというのは趣きがありますね。

田村荒物店

その先野交差点には、明治時代前期に建てられた「田村荒物店」があります。

お店の横に回り込むと、奥行きのある細長い敷地に文庫蔵などの蔵が連なっており、黒い瓦と白い漆喰の壁が織りなす風景美しいですね。

「粕壁宿」を紹介してくれている案内板が随所にあります。
「粕壁宿」を知らないで訪れた人でも、街の歴史を知りながら散策を楽しめますね。

永嶋庄兵衛商店

続いて現れるのが「永嶋庄兵衛商店」です。なんと慶長年間(1596〜1615年)に米穀問屋として創業し、現在までその歴史を繋いでいるという老舗中の老舗。明治初期に建てられたという重厚な建物の屋根の上には、魔除けとして「鍾馗様(しょうきさま)」が睨みを効かせています。

浜島家住宅土蔵

次の交差点の角にどっしりと構えるのが、国の登録有形文化財に指定されている「浜島家住宅土蔵」です。かつて米問屋の座敷蔵として使われていた建物で、重厚感たっぷりの黒漆喰塗りの外壁と、立派な鬼瓦が存在感を放ちます。関東地方における土蔵造りの特徴を今に伝える貴重な建築物であり、思わず足を止めて見入ってしまいました。

日光街道は、この交差点を北に進むルートになりますが、このまま大通りを突き当りまで進みます。

最勝院

14:30
交差点を越えて大通りの突き当たりまで進むと、静寂に包まれた「最勝院」に到着します。

綺麗に整備された境内に入ると、これまでの街道沿いの喧騒が嘘のように静まり返り、穏やかな時間が流れていました。

本堂の左手にある鳥居をくぐり、木漏れ日の中を少し歩いた先には、こんもりとした墳丘があり、そこが春日部重行公のお墓のようです。

ブーちゃん
ブーちゃん

ここ最勝院には、春日部の名前の由来になった「春日部重行公」が眠っているんだブ!それだけじゃなく、明治時代には千住馬車鉄道の起点になったり、徳川三代将軍・家光公の遺骸を日光へ移す際に一時的に安置されたりと、歴史的なエピソードが山盛りのお寺なんだブ。

最勝院での涼やかな風に癒やされ、妻の体調もだいぶ回復したようでした。しかし、元気になるとすぐに「まだ歩ける!行こう!」と調子に乗るのが私の妻です。これ以上無理をさせて以降に響いては困るので、首に縄をつけてでも今日はここから連れ帰ることにしました。夫婦の歩き旅、時にはブレーキをかけるのも夫の重要な役目なのです。

御宿場印「粕壁宿」を手に入れた!

粕壁宿の御宿場印を手に入れるため、春日部駅に向かう途中にある春日部情報発信館「ぷらっとかすかべ」に立ち寄りました。
館内には観光情報や市の特産品販売のほか、春日部といえば!の「クレヨンしんちゃん」コーナーもあり、歩き旅でなくても十分に楽しめるスポットです。

場所  :ぷらっとかすかべ
営業時間:9:00~16:30

休業日 :原則毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は、その翌日)
     12月29日~1月3日
     注意:臨時に休館・開館する場合があります

春日部駅の駅名標にもクレヨンしんちゃんが描かれていて、街全体で盛り上げているのが伝わってきます。

御宿場印「越谷宿」を手に入れた!

そして、今日の朝に通り過ぎたものの、開店前で立ち寄れなかった越谷宿の御宿場印を手に入れるため、帰りの電車で越谷駅を下車して「ガーヤちゃんの蔵屋敷」へ向かいました。

場所  :ガーヤちゃんの蔵屋敷
営業時間:10:00~19:00
休業日 :年末年始(12月31日~1月2日)

いかがでしたでしょうか。歴史情緒あふれる粕壁宿の魅力が少しでも伝われば嬉しいです。街道を歩いていると、普段は車で通り過ぎてしまう景色の中に、何百年も変わらない息遣いを発見することができます。

次回、日光街道歩き旅4日目は「粕壁宿」を出発し、さらに北の「杉戸宿」から「古河宿」を目指して歩きます。果たしてどんな出会いが待っているのか、ぜひ次回もお楽しみに!

日光街道3日目 まとめ

日光街道3日目は、南越谷駅をスタートし「越谷宿」経て「粕壁宿」散策含めて約7時間、13kmの道のりでした。
越谷宿、粕壁宿ともに江戸時代の風情を残す蔵造りの建物や貴重な史跡が数多く残り、非常に見ごたえのある区間です。ただ、大通り沿いを歩く時間が長く、アスファルトの照り返しや車の騒音には少し体力を削られました。

みどころ

ブーちゃん
ブーちゃん
  • 越谷宿
  • 粕壁宿

エリアの特徴

ブー妻ちゃん
ブー妻ちゃん
  • 平坦でまっすぐな道が続く。
  • 引き続き大通り沿いを歩くことが多いので、車の交通量が多く喧騒に包まれている。

今日のウォーキング

宿場内の散策は歴史のロマンに触れながら楽しく歩けましたが、何よりも「暑さ対策」の重要性を痛感した1日でした。妻の体調不良というハプニングもありましたが、早めに引き上げたことで事なきを得ました。皆さんも、街道歩きで体調に違和感を感じたら、無理をせず立ち止まってしっかり休憩してくださいね。

歩数:34,724歩

距離:23.32km(日光街道のみ:12.9km)

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