こんにちは。ぶ~ちゃんです。
日光街道歩き旅1日目3回目です。
今回は浅草雷門から、南千住の手前までの道のりをご紹介します。 江戸の風情が色濃く残る浅草界隈を歩きながら、浅草寺や隅田公園、駒形堂、待乳山聖天、今戸神社などの歴史的スポットを巡る、見どころ満載の区間です。
東京スカイツリーの迫力ある景観を楽しみつつ、現代の東京と江戸時代の面影が交差する街並みを一歩ずつ踏みしめてみませんか?普段の観光では見過ごしてしまいそうな、意外な歴史の発見が詰まった歩き旅の魅力をたっぷりとお伝えしていきます。
日光街道の旅 1日目-3
江戸日本橋 つづき
「駒形橋西詰所」の交差点に差し掛かると、空気の色が変わりました。行き交う人々が一気に増え、街全体が心地よい熱気に包まれています。
駒形堂
交差点まで来ると、つい吸い寄せられるように「雷門」へ向かいたくなりますが、ここでぐっと右手に目を向けてみてください。そこにひっそりと佇むのが「浅草寺 駒形堂」です。


浅草寺 駒形堂
浅草寺は、兄弟が隅田川で漁をしている時に仏像を網にかけたことから始まったんだブ。その仏像が陸に上げられた場所が駒形堂だブ。駒形堂の前には船着き場があって、上陸した人はまず駒形堂のご本尊を拝んでから浅草寺に参拝したんだブ。最初はお堂の正面は川側に向いていたけど、今は川を背にしているんだブ。
交差点を渡って、浅草寺に向かう大通りを進みます。
ビルに囲まれた街角で、歴史を感じさせる老舗や個性的なお店が立ち並んでいました。

浅草寺
12:45
「浅草寺雷門」前です。
「浅草寺雷門」の前に到着です。 何度見ても、あの大きな赤い提灯は圧倒的な存在感!周囲はインバウンドの影響もあってか、お祭りのような賑わいです。


人波をかき分けなんとか雷門をくぐりましたが、その先の仲見世通りを見て断念。 本当は本堂まで行きたかったのですが、この混雑ぶりだと体力と時間を大幅に削られそうです。今回は「街道歩き」がメインの旅。後ろ髪を引かれつつも、散策はまた別の機会の楽しみに取っておくことにしました。

雷門の前を東西に走る「雷門通り」も人で溢れかえっていました。観光客や地元の人々が行き交い、賑わいに包まれた通りの中で、ふと気を抜くと妻の姿を見失いそうになるほどです。
人気の観光地である雷門の周辺は、その活気に圧倒されてしまいますね。

仲見世通りと並行する商店街「観音通り」も、驚くほどの人で賑わっています。
これまでの甲州街道歩き旅で、ここまで人が集まっていたのは「信玄公祭り」の時くらいだったでしょうか。観音通りでは、まるで毎日が祭りのような賑わいです。ここで行われる「三社祭」となれば、一体どれほどの人出になるのか、想像できません。


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松屋浅草(昭和モダンの象徴)
まだまだたくさん人が行き交う吾妻橋交差点です。
この交差点の一角に「松屋浅草」がそびえています。その歴史を感じさせる建物は、現代の賑わいの中でも堂々とした存在感があります。


松屋浅草
「松屋浅草」は1931年に駅と直結する東京初の「ターミナル・デパート」として開店したんだブ。日本初の常設屋上遊園や動物園をオープンして、屋上遊園地の元祖として注目を集めたんだブ。2021年には創業90年を迎えたんだブ。
松屋浅草の東側を抜け、6号線に沿って歩いていくと、さっきまでの賑やかさがまるで嘘のように、人通りが一気に少なくなりました。


隅田公園
13:00
少しう寄り道をして隅田川沿いを歩きます。
「隅田公園」は春には桜の名所、夏には隅田川花火大会のビュースポットになります。隅田川と川を挟んで東京スカイツリーを間近に見ることもできる憩いの場でもあります。
浅草寺界隈の人混みに疲れたら立ち寄ってみるのも良いかもしれませんね。


東武線の鉄橋をくぐります。2020年、この鉄橋沿いに遊歩道「すみだリバーウォーク」が完成し、東京スカイツリーと浅草の間を歩いて行き来できるようになりました。ここを渡ってスカイツリーまで歩いていくのも楽しそうですね。
山の宿の渡し跡
その「すみだリバーウォーク」の渡口階段の下に「山の宿の渡し跡」石碑があります。
ここには隅田川渡船の一つに「山の宿の渡し」と呼ぶ渡船場があったそうです。
石碑に気付いても、横目にして通り過ぎてしまう人がほとんどですね。
現代において、ここに対岸まで渡ることのできる「すみだリバーウォーク」ができたことは運命だったのかもしれませんね。

つかの間ではありましたが「隅田公園」で清々しい水辺の散歩を楽しめましたよ。
遮るものが少ない景色で東京スカイツリーを眺めることもできました。


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姥ヶ池
ここから日光街道に向かうのですが、まっすぐ横切って「東参道・二天門通り」に進みます。
花川戸公園に差し掛かると「姥ヶ池」の石碑と案内板が現れます。その先に人口池と祠があります。
小さな子供達が楽しく遊んでいる公園の一角に、少し怖い伝説が残っているんですねぇ。



姥ヶ池伝説
浅茅ヶ原の一軒家に住む老婆が旅人を泊めては石枕で殺し、金品を奪っていたんだブ。ある夜、娘が旅人の身代わりになり、天井から吊るした大石の下敷きになって死んでしまったんだブ。老婆は悔い改めて池に身を投げ、この池は「姥ヶ池」と呼ばれるようになったんだブ。
履物問屋街発祥碑
同じ公園内には「履物問屋街発祥碑」もありました。 江戸時代、この辺りには役者や芝居関係者が多く住んでおり、彼らの足元を支える履物屋が軒を連ねていました。
戦前には約250軒もの下駄や草履の問屋があったとか。この地域が履物問屋の中心地であったことがわかります。

13:30
日光街道に戻り、再び歩みを進めると、言問橋交差点に差し掛かります。ここからは、言問橋の向こうにそびえる東京スカイツリーが真正面に見え、その迫力に圧倒されます。
何度でも、その壮大な姿に思わず見とれてしまいますね。東京のシンボルを間近に感じながらの街道歩きは、やはり特別です。

この交差点を464号線方面に進みます。少しずつ東京スカイツリーから遠ざかっていくことになります。
待乳山聖天(まつちやましょうでん)
交差点を少し入ったところにある小高い丘、「待乳山聖天」。 ここは人力車の観光コースにもなっている人気のスポットです。

そして、階段脇に「池波正太郎の生誕地碑」があります。
鬼平犯科帳を代表としての時代小説家で有名です。作品の舞台としても、この待乳山聖天周辺はたびたび登場しているようです。

石段を登っていくと山門があります。
参道右手に手水舎、左手にはたくさんの大根が並んでました。お供え物「大根(だいこん)」が置いてあります。何も知らなかった私たちは突然の大根の山にびっくり。
参拝される方はここで大根を購入して本堂にお供えするようですね。


参拝者が大根を持ち歩く姿はとてもユニークでした。
参拝の基本作法が細かく定められているようで、熱心な信徒さんも多いようですね。


待乳山聖天
浅草七福神のひとつだブ!大根と巾着で有名なんだブ!大根は健康や良縁、夫婦円満、一家和合の象徴だブ。巾着は財宝で、商売繁盛を表しているんだブ。境内のあちこちに大根と巾着のシンボルがあるから探してみるといいブ!
今戸神社
待乳山聖天から北へ5分ほど歩くと、「今戸神社」に到着です。 ピンク色ののぼりがはためく境内は、女性の参拝客でいっぱい!ここは強力な「縁結び」の神社として有名なんです。

本殿でお出迎えしてくれるのが、特大の招き猫です。
本殿横には「石なで猫」は携帯の待受画面に設定しておくと願いを叶えてくれるといわれています。


狛犬に並んで石碑が2つ立っています。
一つは「今戸焼発祥之地」、もう一つは「沖田総司終焉之地」碑です。
肺結核を患っていた沖田は主治医松本良順宅(今戸神社)に居を移したそうです。
※その後千駄ヶ谷の植木屋平五郎宅に療養先を移したとの説が有力。
歴史ファンには見逃せない場所ですね。


今戸神社
康平6年(1063年)、源頼義・義家親子が奥州討伐の際に京都の石清水八幡宮を当地に勧進したのが始まりだブ!縁結びのパワースポットとして女性参拝者が多いんだブ。招き猫発祥の地と言われ、境内には招き猫や巨大招き猫、御朱印帳や授与品など猫がいっぱいだブ。浅草名所七福神の一つ(福禄寿)でもあるブ!
13:45
再び日光街道に戻ります。この辺りは「山谷堀」など、吉原遊郭にまつわる歴史の影が見え隠れするエリアです。

春慶院
5分程歩き、路地を西に入ったところに「春慶院」があります。
ここには吉原の代表的名妓「高尾太夫」のお墓があます。この名を名乗った遊女は11人いたといわれています。ここ春慶院にあるのは、幾多の伝説を生んだ悲劇の「二代目高尾太夫」の墓といわれています。

東禅寺
春慶院からほど近い「東禅寺」には、入口正面に地蔵菩薩坐像が堂々と鎮座しています。
この地蔵菩薩は「江戸六地蔵」の一つで、以前に新宿でも一体出会ったことがあります。
ここ東禅寺には、あんぱんで有名な「木村屋總本店」の創業者、木村安兵衛夫妻の像もあるとのことです。

日光街道に戻る途中、所狭しと「駿馬塚」がありました。
案内板によると康平年間(1058~1064)源義家が陸奥へ向かう際、この地で愛馬「青海原」が絶命し、これを葬った所と伝えています。


イトーヨーカ堂発祥の地
日光街道を北上し「東浅草二丁目」交差点付近、民家の隣に「イトーヨーカ堂発祥の地」の案内板がありました。
1920年「羊華堂洋品店」がここで開業したことが始まりです。何が起点に歴史が始まるのか予想もつきません。面白そうなことは逃さないようにしないといけないですね。

日光街道歩き旅1日目の第3回はここまで。 浅草の賑わいを抜け、歴史の層が厚い「奥浅草」エリアを歩きました。 午後の日差しが強くなり、妻の歩くペースも少しゆっくりに。無理は禁物です。
次回はいよいよ、日光街道最初の宿場町「千住宿」へと足を踏み入れます。 松尾芭蕉も歩いた千住の街並み、どうぞお楽しみに!
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