日光街道歩き旅【6日目①】小山宿散策|須賀神社と参道 戦国・関ヶ原の歴史を感じる街

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日光街道
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こんにちは。ぶ~ちゃんです。

日光街道歩き旅6日目1回目です。

今回は、前回疲労のあまり通り過ぎてしまった「小山宿」の史跡を少し遡ってじっくり散策します。小山宿から新田宿、小金井宿、石橋宿を経て雀宮宿まで、約20kmの長丁場です。あいにくの雨模様からのスタートですが、雨に濡れた緑や静寂に包まれたお寺の境内の美しさは、晴れの日には味わえない特別な情緒があります。戦国の世を動かした歴史の舞台へ、一緒に出発しましょう!

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日光街道の旅 6日目-1

小山宿散策:雨音とともに始まる歴史探訪

この日の天気予報は、朝方まで小雨、9時以降は曇り。暑さが和らぎ始めたこの季節、涼しい風に期待を寄せて決行することにしました。

しかし、小山駅に降り立つとあいにくの雨模様。冷たい雨粒が頬を打ち、気分も少し沈みがちに。スニーカーには入念に防水スプレーをかけてきましたが、どういうわけか隣を歩く妻は、道端の水たまりをピンポイントで踏み抜く特殊能力を遺憾なく発揮しています(笑)。「靴下、もう濡れたかも…」とつぶやく妻を励ましつつ、気を取り直してスタートしました。

歩き旅を続けていれば、悪天候の日もあります。雨の匂いや、しっとりと濡れたアスファルトの音を感じながら自然と向き合うのも、旅の醍醐味の一つですよね。

前回の旅では疲労困憊で立ち寄れなかった小山宿の史跡たち。今回は小山駅のロータリーを南へ向かい、前回見落としてしまった街の魅力を一つ一つじっくりと探訪していきます。

常光寺

少し歩くと、「常光寺」が姿を現します。歴史を感じさせる趣深い門構えが印象的です。
このお寺は、幕末の戊辰戦争「小山の戦い」で被弾した痕跡を生々しく残す青銅阿弥陀如来像を所蔵していることで知られています。

境内に建つ六角形の二十三夜堂を見上げると、そこには徳川家の象徴である「葵の御紋」が。浄土宗を庇護していた徳川家との深いつながりを感じさせます。激動の時代を見守り続けてきた阿弥陀如来像が、今もこのお堂の中で静かに鎮座しています。

持宝寺(じほうじ)

続いて訪れたのは、8代将軍・徳川吉宗が日光社参の際に小休止所として利用したという「持宝寺」です。

境内に入ると、まるで石庭のように美しく整えられた空間が広がります。雨でしっとりと濡れた庭石や草木が、水墨画のような美しい景観を作り出していました。雨音だけが響く静寂の中、寛政4年(1792年)に鋳造された江戸時代の梵鐘を眺めていると、将軍様がここで長旅の疲れを癒やした気持ちが少しわかるような気がしました。

須賀神社

朱塗りの燈籠がずらりと並ぶ長い参道を進んだ先にあるのが、小山を代表する古社「須賀神社」です。
天慶3年(940年)、平将門の乱を平定した小山氏の祖・藤原秀郷が、京都の八坂神社(祇園社)を勧請して小山城の鎮守として創建したという、非常に由緒正しい神社です。

ブーちゃん
ブーちゃん

須賀神社 小山評定
慶長5年(1600年)7月、徳川家康が上杉景勝を討伐するために会津に向かう途中、小山に本陣を設けていただんブ。関ヶ原の戦いでの勝利を祈願して、この須賀神社で軍議「小山評定」を開いたとされているんだブ!この重要な軍議をきっかけに、西軍との対立が決定され、やがて関ヶ原の戦勝へとつながる歴史的な転機が生まれたんだブよ。

拝殿の脇には、樹齢800年とも言われる神木・樅(もみ)の木の切り株が残されています。かなりの巨木だったことが窺えるその上には、祈りを込めるように積石がされていました。

南門の外側に回ると、小山の伝説で有名な「七ッ石(夜泣き石)」や、藤原秀郷公をはじめとする小山氏ゆかりの碑が静かに佇んでいます。

ブーちゃん
ブーちゃん

七ッ石(夜泣き石)伝説
石は元々、小山城(別名、祇園城)の庭にあったんだけど、小山城が落城した後、結城城主が石を持ち去ってしまったんだブ。でも、その夜から不思議なことに、石が毎晩悲しげに泣き始めたと言われているブよ。驚いた結城城主は石を小山城の守護神である須賀神社に戻すことにしたんだブ。すると不思議と、石は神社に戻されてから二度と泣かなくなったんだブね!石も故郷が恋しかったんだブ〜。

小山評定跡

須賀神社から300mほど歩くと、小山市役所が見えてきます。市役所の駐車場の一角には、「小山評定跡」の碑が立っています。
須賀神社にも碑がありましたが、小山市としては、市役所北隣にあった「小山御殿」の跡地を、実際に軍議が行われた小山評定の場所と推定しているようです。家康や名だたる武将たちがここに集まり、日本の歴史を決定づけたのかと思うと、胸が熱くなります。

小山御殿広場

小山市役所の北側には、「小山御殿広場」があります。小山氏の居城「祇園城」の御殿曲輪にあたる部分を公園として整備し、小山の歴史を学ぶ場であると共に、さまざまなイベントが開催され市民の憩いの場となっているようです。

城山公園(小山城/祇園城跡)

2024年6月9日にリニューアルオープンしたばかりの「城山公園」へ足を踏み入れます。
ここは戦国時代には小山氏の居城があった場所です。小山氏は、鎌倉時代から戦国時代にかけてこの地域を支配していました。園内には深い堀、高い土塁が残っています。
坂道を登りきると、開放的な空間が広がります。思川を望む景色も見晴らしが良かったですよ。

祗園橋を通ってお堀を渡り、お城の中に入っていきます。

城山公園の大イチョウ

祗園橋を通って深いお堀を渡り、いよいよお城の中心部・中央の曲輪へ進むと、圧倒的な存在感を放つ巨大なイチョウの木が現れます。小山市の天然記念物にも指定されているこの大イチョウ、雨露を弾いて青々と葉を茂らせ、力強い生命力を感じさせてくれました。


ブーちゃん
ブーちゃん

城山公園の大イチョウ
祇園城が落城したとき、姫が井戸に身を投げ、その悲しみを弔うために家臣が井戸のそばにイチョウの小枝を差したと言われているんだブ。その小枝は長い時を経て大きく成長し、今でも立派にそびえているんだブよ。でも、姫の無念の思いがこの木に宿り、そのせいで実をつけることがないと伝えられているんだブ。

天翁院

城山公園を抜けて北に少し進むと、「天翁院」が見えてきます。
城山公園に隣接するこのお寺は、もともと祇園城の一部だった場所。そのため、境内には現在も土塁や空堀の跡がはっきりと残っています。小山氏歴代当主の菩提寺として大切に守られており、11代当主・小山義政の正室である小山芳姫の墓もあります。

壬生城の城門を移築したお屋敷

日光街道に戻る道すがら、思わず立ち止まってしまうほど立派な門構えのお屋敷を見かけました。
なんとこの門、かつての壬生城(みぶじょう)から移築された本物の城門だそうです。個人の邸宅に城門が移築されるなんて、どれほどの歴史とドラマがあったのでしょうか。「うちにも城門の移築話、来ないかなぁ」と冗談を言いながら通り過ぎます。

興法寺

日光街道に戻って少し進むと、「興法寺」が現れます。
嘉祥2年(849年)創建という驚きの歴史を持つ古刹です。もともとは小山城内に位置しており、小山氏一族の祈願寺として篤く信仰されてきました。
幕末の小山戦争ではここも激しい戦場となり、境内にある地蔵尊には今も被弾の痕が残されています。

歴史の爪痕を感じる一方で、山門の先に広がる庭園や本堂は隅々まで美しく手入れされていますね。

愛宕神社

興法寺の道を挟んだ向かいには、「愛宕神社」があります。
この神社は小山氏の祖、小山朝政が鬼門守護のために勧請したもので、歴史ある神社です。境内には1785年に建立された狛犬があり、小山市内で最も古い狛犬とされています。

1698年創業の老舗和菓子店の面影

愛宕神社の向かいには、趣のある建物が建っています。
もともとは1698年創業の老舗のお菓子屋さんでしたが、現在は別の店舗が入っているようです。建物には歴史の面影が残っており、古き良き街並みの雰囲気を感じさせてくれます。

小山宿の歴史と自然を肌で感じる充実した時間となりました。徳川家康が天下分け目の決断を下した地や、戦国時代の激動を伝える土塁など、街のあちこちに眠る歴史の足跡を堪能できましたね。雨の中の散策も、振り返ってみればしっとりとした良い思い出です。さて、ここからは「新田宿」「小金井宿」へと歩みを進め、さらに日光街道の奥深い魅力に触れていきます。次回は妻お待ちかねの美味しいものに出会えるか!?次回の旅の記録も、どうぞお楽しみに!

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