こんにちは。ぶ~ちゃんです。
日光観光で外せない歴史スポットといえば「輪王寺」。日光東照宮、二荒山神社とともに「日光の社寺」として世界文化遺産に登録されており、約1250年の歴史を持つ天台宗の重要な寺院として、日光の信仰と文化の中心を担ってきました。
見どころは、日本最大級の本堂「三仏堂」や、徳川家ゆかりの霊廟「大猷院」。荘厳な建築と美しい自然が織りなす神秘的な空間は、訪れる人々の心を魅了します。
本記事では、輪王寺の深い歴史と、黒門から逍遥園までの本堂地区、そして家光公への敬愛が込められた大猷院地区の壮麗な建築群を、詳細な背景情報とともにお届けします。心を落ち着かせ、日光の深い仏教文化に触れてみませんか。
輪王寺とは?歴史と文化
輪王寺は、日光山に広がる天台宗の大寺院で、東照宮や二荒山神社とともに「日光の社寺」として1999年に世界文化遺産に登録されました。
1250年の歴史と勝道上人による開山
その起源は奈良時代までさかのぼり、784年(延暦3年)に僧・勝道上人(しょうどうしょうにん)が開いた「四本龍寺(しほんりゅうじ)」が基となっています。当初は山岳修行の場でしたが、平安時代には慈覚大師・円仁によって天台宗の寺院となり、神道と仏教が融合した「日光山信仰」の重要な拠点として発展しました。
江戸時代には、天海大僧正の整備と徳川幕府の支援を受け、寺院群が統合されて「輪王寺」の寺号を賜りました。日光山輪王寺は、お堂や塔、15の支院全体の総称であり、広大な境内を持っています。
皇室との深い関わりを示す格式
輪王寺の格式の高さを示すのが、江戸時代から13代にわたり皇族(法親王)が住職を務めた門跡寺院(もんぜきいん)であったという歴史です。このため、表玄関である黒門には菊の御紋が施されており、最高峰の寺院としての威厳を今に伝えています。
この記事では、輪王寺の見どころを詳しくご紹介していきます。
輪王寺 本堂地区の見どころ
輪王寺は、日光の歴史と深く結びついた寺院で、多くの見どころが点在しています。山内地区には大きく二つのエリアがあり、「本堂地区」には本堂や大護摩堂、「大猷院地区」には徳川家光を祀る大猷院や常行堂・法華堂があります。
山内地区にある本堂地区は、輪王寺の信仰の中心となるエリアです。歴史ある建築や仏像を巡り、日光山信仰の静かな雰囲気をじっくりと感じてみましょう。
黒門【重要文化財】と菊の御紋
表参道に面した黒塗りの門は、世界遺産であり重要文化財にも指定されています。もともとは江戸時代に輪王寺本坊の門として使われていました。門のそばには「日光山輪王寺」と刻まれた御影石の大石標が立ち、日光山への入り口を示しています。
表参道に面した黒塗りの門は、もともと輪王寺の本坊(住職の住居)の門でした。前述の通り、皇族が住職を務めた門跡寺院である証として、門には菊の紋が輝いています。ここをくぐる瞬間、背筋が伸びるような厳粛さを感じます。

三仏堂(本殿)【重要文化財】
黒門をくぐると左手に見えるのが、正保2年(1645年)に徳川家光公の命で再建された三仏堂です。仏堂建築としては日本最大級の巨大な木造建造物です。
2019年には12年がかりの「平成の大修理」が完了し、創建当時の荘厳な姿が蘇りました。
この堂には日光三所権現本地仏の御本尊の「千手観音」「阿弥陀如来」「馬頭観音」を祀っています。日光三所とは日光三山である男体山、女峰山、太郎山を指しており、それぞれに宿る仏を祀っていることを意味しています。
すべてが高さ7.5mの木造坐像として圧巻の大きさです。
堂内の撮影は不可なので、静かにその迫力を感じてください。

早朝の三仏堂です。扉が閉まっていても威風堂々とした佇まいで威厳を感じます。

護摩堂
この護摩祈願所は、1998年に新築され、家内安全や商売繁昌などの祈願を不動明王の火炎で行います。毎日護摩祈願が行われ、誰でも参列可能です。お堂内には「五大明王」を中心に多くの仏像や祖師像が祀られ、天井には「大昇竜」が描かれています。


相輪橖【重要文化財】
輪王寺の本堂である三仏堂と裏手にある護摩堂の間に立っているのが「相輪橖」です。
高さ14mの青銅製の塔。天に向かってそびえ立つ姿に目を引かれます。
内部に経典を収め、邪気を祓って国家の安寧を祈るための塔であると云われています。
3代将軍徳川家光公の発願によって、天海大僧正が建てたと伝えられています。
三つ葉葵の紋が輝いていますね。

逍遥園
江戸時代初期に作られた「逍遥園」は、池泉回遊式で、琵琶湖を模した池を囲んで美しい景観が広がっています。庭園の設計は、名匠小堀遠州によるものだと伝えられています。
逍遥園は、季節ごとに表情を変えるので、どの時期に行っても楽しめます。特に紅葉の時期はライトアップがあり、幻想的な雰囲気が楽しめます。サツキやツツジ、カエデなどが庭を彩り、訪れるたびに違った美しさに出会えます。
逍遥園の入場券は、隣の宝物殿のチケットとセットになっているので、日光山の歴史に触れることもできます。

輪王寺 大猷院地区の見どころ
本堂地区から歩いて約500mほどの距離にある大猷院地区。ここは、家光の霊廟として知られ、日光山輪王寺に位置しています。「大猷院」とは家光の法号です。
家光公は家康公を深く尊敬し、「自分の廟は、東照宮を凌いではならない」と遺言したため、東照宮が極彩色を多用するのに対し、大猷院は金、黒、朱を基調とした落ち着いた荘厳さが特徴です。4代将軍家綱によって建造されたものです。
また、大猷院の建物は、日光東照宮の方角を向いて建っており、家康への深い敬愛が伝わってきます。
大猷院には、本殿、相の間、拝殿が国宝に指定されており、壮麗な二天門や、まるで竜宮城を思わせる皇嘉門など、見どころが満載です。日光東照宮とはまた違った趣があり、目立たない部分にこっそりと施された技巧が感じられます。
ここからは、大猷院地区の見どころをご紹介していきます。

常光堂・法華堂【重要文化財】
二荒山神社の大鳥居前に立つお堂が「法華堂」です。嘉祥元年(848)に慈覚大師円仁によって、比叡山延暦寺の「にない堂」に模して建立されました。純和様の宝形造で、隣にある法華堂との間に、歩廊を設け接続されています。この形式は大変珍しいもので、比叡山とここ日光山の2ヵ所でしか見ることのできません。

法華堂は「最澄」によって比叡山に建てられました。その後、弟子の慈覚大師「円仁」が常行堂を併設し歩廊で繋ぎました。

大猷院
大猷院とは徳川三代将軍「家光公」の廟所で、世界遺産にある境内では、登録された22件の国宝・重要文化財が建ており、315基のずらりと並ぶ灯籠が印象的です。
家光公の霊廟である「輪王寺大猷院 金閣殿」は国宝に指定。唐門、二天門、鐘楼、夜叉門など霊廟に関連する多くの建造物も国の重要文化財に指定されています。初代将軍・家康公を崇拝していた家光公は、自らの墓所には求めなかったと言われますが、色彩豊かな建造物もあり見ごたえ充分です。

ここからは有料のエリアに入ります。
大猷院に入ると、苔むした灯籠が並ぶ静かな空間が広がり、その先に朱塗りの門があります。東照宮に比べて参拝者が少ないため、より厳粛な雰囲気が感じられます。

仁王門【重要文化財】
大猷院の表玄関で、左右2体の 仁王像 が置かれていることから、仁王門 と呼ばれています。

門の左右を守る仁王像の口が、それぞれ「阿(あ)」「吽(うん)」の形をしています。


御水舎【重要文化財】
仁王門をくぐると、12本の御影石の柱で支えられた御水舎があり、参拝者はここで手や口を清めます。その天井には、狩野派の永真安信が描いた龍の墨絵があり、これが水面に映し出されることから「水鏡の竜」とも呼ばれています。

龍光院【重要文化財】
龍光院は前面に玄関、背面に台所を付設した客殿です。
徳川家光の8歳年下の側近・梶定良は、幼少より家光公に信任されて常に側近に仕えた重臣です。
家光没後は日光に移住して大猷院の廟定番を務め、日光山の警護と霊膳の供養を日課としていました。
敷かれた石畳や並んだ燈籠が美しい庭がありましたが、立ち入ることはできませんでした。残念。

二天門【重要文化財】
大猷院の二天門は「日光の社寺」の中で最も大きな門で、鮮やかな色彩が特徴です。
左右には持国天と増長天が安置されており、これにより「二天門」と呼ばれています。また、正面の扁額は後水尾上皇による勅筆で、歴史的な価値を持つ門です。
最大と言っても、陽明門と同じくらいの大きさでしょうかね。


二天門を修理した際に本物の「広目天」とみられる像が発見され、増長天像は約240年間「広目天」と誤って呼ばれていたそうです。
裏門には風神、雷神の像が立っています。
もともとは日光東照宮の陽明門に安置されていたようですが、神仏分離で二天門に移されたそうです。




幡の礎石
二天門をくぐり、右手に上がる階段の手前に「幡の礎石」の説明がありました。
大法要などで境内に掲げる仏教様式の旗を「幡」、それを吊るす竿を「幡竿」といい、この丸い石は幡竿を立てる基礎石を護るための蓋となっているそうです。境内に80箇所あるそうです。


鼓楼・鐘楼【重要文化財】
向かって右手が「鐘楼」、左手が「鼓楼」になります。
大法要の際には、この釣鐘と太鼓が鳴らされましたそうです。
やっぱり袴腰型は重厚感があって見ごたえがあります。


夜叉門【重要文化財】
鐘楼と鼓楼に挟まれた階段を上ると「夜叉門」が現れます。
切妻造りの楼門で、表と裏の左右に4体の夜叉像が安置され、霊廟を守護しています。また、門全体に牡丹の唐草彫刻が施されていることから「牡丹門」という別名でも知られています。色鮮やかな装飾と精巧な彫刻が特徴で、訪れる人々の目を引く門のひとつです。


4体の中でも「烏摩勤伽(うまろきゃ)」国内ではほとんどお目にかかれない仏様で、左手に弓、右手には破魔矢の発祥とされている矢を持っています。
また、膝部分の装飾である「ゾウ」が「ひざこぞう」の言葉の由来になったといわれています。




唐門【重要文化財】
夜叉門を抜けると、拝殿前に立つ霊廟の正門「唐門」が現れます。大猷院の中で最も小さな門ですが、細やかな装飾と色鮮やかな彩色が施され、精緻な彫刻とともに気品が漂います。

拝殿・相の間・本殿【国宝】
大猷院の中心となる建物で、拝殿・相の間・本殿が連なる「権現造り」という独特の構造を持ち、国宝に指定されています。金彩が多く施されているため「金閣殿」とも呼ばれます。内部には、狩野探幽が描いた唐獅子、140枚の龍の天井画、家光公の鎧などが展示されており、豪華絢爛な装飾が目を引きます。
細かいところも見て行けば東照宮にも引かず劣らずです。格式の高さを感じることができる建造物です。

皇嘉門
本殿の右手奥にある楼門で、家光公の墓所の前に立つ門です。その華やかな造形が竜宮城を思わせることから「竜宮門」と呼ばれています。家光が辰年に生まれたことにちなみ、この龍宮様式が採用されたと伝えられています。

輪王寺まとめ
日光山輪王寺は、単なる寺院ではなく、日本仏教の歴史、皇室との繋がり、そして徳川家の歴史が深く刻まれた場所です。
日本最大級の三仏堂、そして家光公の敬愛が込められた大猷院の荘厳な建築群は、日光東照宮とはまた違った美しさを湛えています。比較的混雑が少ないため、じっくりと建築や歴史を楽しみたい方には特におすすめです。落ち着いた雰囲気の中で、日光の深い歴史に思いを馳せながら散策してみてはいかがでしょうか。
コメント