こんにちは。ぶ~ちゃんです。
日光街道を歩く旅、前回の千住宿を後にし、いよいよ埼玉県へと足を踏み入れています。
今回は、日光街道第2の宿場町「草加宿(そうかじゅく)」の散策編です。 香ばしい醤油の香りが漂うこの街は、単なる通過点ではありません。江戸時代の面影を残す国登録有形文化財や、悲しい伝説が残る地蔵尊、そして誰もが知る「草加せんべい」発祥の物語など、歩けば歩くほど味わい深い発見があります。 当時の旅人も味わったであろう草加の活気を感じながら、一緒に街道歩きを楽しんでみませんか?
日光街道の旅 2日目-2
草加宿への道中
13:00
腹ごしらえを済ませ、体力も回復。再び街道へと戻ります。草加宿の中心部に入る手前にも、見逃せない歴史スポットが点在しています。
浅間神社と瀬崎の富士塚
八塚駅入口交差点を過ぎたあたりで見えてくるのが「浅間神社」です。 一歩足を踏み入れると、そこは広々とした境内。立派な神社です。



社殿の後ろ側に広々とした境内が広がり庭園もあります。

この神社の特徴は、社殿のさらに奥に鎮座する「小御嶽神社(瀬崎の富士塚)」です。 江戸時代、庶民の間で爆発的に流行した「富士講(富士信仰)」。しかし、誰もが本物の富士山に行けたわけではありません。そこで、身近な場所で富士登山を擬似体験できるよう作られたのがこの「富士塚」です。
高さは約5メートル。なんと、山体の一部には本物の富士山の溶岩が使われているそうです。現在は保全のため登拝は禁止されていますが、日光街道沿いで多くの富士塚に出会うのは、当時の旅人たちが道中の安全を富士に祈願した証かもしれません。

浅間神社のすぐそば、富士塚と並ぶように「天神社」があります。 拝殿の裏手に不思議な広がりを持つこの神社。静寂な空気が流れ、街道の喧騒を忘れさせてくれます。

火あぶり地蔵尊
浅間神社から500mほど進んだ交差点の一角に、少しドキッとする名前のお地蔵様がいらっしゃいます。「火あぶり地蔵尊」です。 かつてこの付近には刑場があったとされ、その名の由来には悲しい物語が秘められています。


火あぶり地蔵尊の由来
千住掃部宿の孝行娘が瀬崎の大尽の家で奉公してたんだブ。でも、母親の大病を知っても帰れなくて、悩んだ末にその家に放火しちゃったブ。それで火あぶりの刑になったブ。村人たちはその娘を哀れんで地蔵堂を建てて供養したんだブ。
草加煎餅のお店があちこちに見えるようになってきました。
草加宿ももう少しのといころまで来ています。


「今様草加宿」碑と宿場の入り口
分岐地点に立つ「今様草加宿」の碑。ここを左に進むといよいよ宿場入りです。 草加宿は、日本橋から数えて2番目の宿場町。千住、越ヶ谷、幸手に次ぐ規模を誇り、交通の要衝として栄えました。

日本橋から2番目の宿場町「草加宿」

草加宿
本陣と脇本陣が1軒ずつあって、旅籠屋は67軒あったブ。
日光街道では千住、越ヶ谷、幸手に次ぐ大きさで、交通の要衝として栄えたんだブ。
当時、千住と越谷の間は沼地が多くて迂回して通ってたんだけど、新道が開かれたブ。沼地の造成に沢山の草を使ったから「草加」と呼ばれるようになったんだブ。
浅古家の地蔵堂
草加市役所のある交差点の一角に、「浅古家の地蔵堂」があります。 かつて浅古家の脇を流れていた堀に流されてきたお地蔵様を、先祖が救い上げ祀ったという言い伝えがあります。

現在の草加宿メインストリートは、マンションやビルが立ち並び、車通りも多い現代的な風景です。「埼玉六宿」のパンフレットにあるような古い街並みを期待すると少し寂しさを感じるかもしれません。

草加駅前通りとの交差点には「日光街道・葛西道道標」が立っています。葛西道は江戸時代以前からある古道。ここが交通の結節点であったことを静かに物語っています。


右手に「高砂八幡神社」があります。草加七福神の「恵比寿様」です。

藤代家住宅店舗
目に飛び込んでくる立派な建物、「藤代家住宅店舗」です。 国登録有形文化財に指定されているこの建物は、現代的な街並みの中で一際異彩を放っています。重厚な瓦屋根と木の質感。ようやく「宿場町に来た!」という実感が湧いてきました。


「草加宿道標」です。
「千住町へ 越谷町へ」と刻まれた「草加宿道標」。金具で補強された姿が、長い年月を物語ります。

草加宿道標と大川本陣跡・清水本陣跡
そのすぐ近く、マンションの前には「大川本陣跡」、そして少し先には「清水本陣跡」の石碑があります。通常、本陣(大名などが泊まる宿)は1つの宿場に1つが一般的ですが、草加宿には複数が存在し、時期によって持ち回りで務めていたようです。大川家は享保~安永年間、清水家はそれ以降を務めました。


その先の路地にひっそりと佇む神社があります。「氷川神社」です。
草加七福神の「大黒様」がこちらになります。

おせん茶屋
街中にある休憩所「おせん茶屋」で一休み。 水分補給をしながらベンチに座ると、道ゆく人々を眺めながら当時の茶屋の賑わいを想像できます。こうした「憩いの場」があるのは歩き旅には嬉しいですね。

おせん茶屋から少し歩いた先にあるのが「東福寺」です。 このお寺は、草加宿を開いた大川図書(おおかわずしょ)によって創建されました。


東福寺
草加宿を開宿した大川図書が創建したお寺なんだブ。欄間、山門、鐘楼は市指定文化財になってるブ。さっき本陣碑にも刻まれてたけど、大川家は草加宿の本陣の家でもあるんだブ。
草加せんべい発祥の地と芭蕉の足跡
ここは草加です。街道沿いにも当然せんべい屋さんが建ち並びます。
草加せんべいの長い歴史があるんですね。




草加せんべいの歴史
草加は昔から米どころで、農家は余った米を団子状にして乾かし、保存食にしてたんだブ。
江戸時代に草加宿ができると、茶屋や物売りが増えて、保存食だった煎餅も店で売られるようになったブ。最初は塩を練りこんだ生地だったけど、幕末から焼いた煎餅に醤油を塗るようになったんだブ。
久野家住宅店舗
草加宿の北端にあるのが、もう一つの国登録有形文化財「久野家住宅店舗」です。 以前は「草加宿神明庵」というお休み処として親しまれていましたが、現在は閉館されているとのこと。その美しい建築美は外観からでも十分に楽しむことができます。


久野家の先には、草加宿の総鎮守「宿篠葉神明神社(しゅくしのばしんめいじんじゃ)」があります。天照大神をお祀りしており、古くからこの宿場を守り続けてきた神社です。

御宿場印「草加宿」を手に入れた!
「宿篠葉神明神社」の隣に「今様本陣 川の駅そうか村」があります。
こちらで「草加宿御宿場印」を手に入れることができます。


場所 :今様本陣 川の駅そうか村
営業時間:11:00~16:00
おせん公園と河合曽良の像
足立越谷線の交差点角にある小さな公園「おせん公園」。ここには「草加せんべい発祥の地」碑があります。 ここまで来て、煎餅を食べ忘れていたことに気づきました(泣)。皆さんはぜひ、焼きたてを味わってください!

その隣に「奥の細道 紀行300年」の記念碑があります。

そして、道を挟んだ隣の公園には「奥の細道」で松尾芭蕉に同行した門人、河合曽良(かわいそら)の像が立っています。 芭蕉の像は各地で見かけますが、曽良にスポットが当たっているのは珍しいかもしれません。


河合曽良
芭蕉庵の近くに住んで、いつも芭蕉の世話をしていたんだブ。
実直な性格で、芭蕉に信頼されていたんだブ。地理学や神学にも詳しくて、旅の事前調査が得意だったんだブ。だからこそ、貴重な旅の資料『曾良旅日記』を残せたんだブね。
草加宿の散策、いかがでしたでしょうか。 沼を埋め立てて道を切り開き、「草」を加えたことから名付けられた草加。歴史ある建物や神社、そして名物・草加せんべいの香りが、現代の街並みの中にしっかりと息づいていました。
次回は、いよいよ国の名勝にも指定されている「草加松原」へ向かいます。松並木が続く美しい遊歩道は、日光街道屈指の絶景ポイントです。どうぞお楽しみに!
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