東海道歩き旅!6日目②「小田原宿」

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こんにちは、ぶ~ちゃんです。

小田原宿の賑わいを抜け、いよいよ箱根の山影が大きく迫ってきました。今回は、城下町の面影を残す小田原の西端から、天下の険への入り口となる「三枚橋」までの道中を振り返ります。老舗の甘い香りや歴史の足跡に触れながら、一歩ずつ山へと近づいていく高揚感を、皆さんも一緒に味わってみてくださいね。

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6日目-2

「箱根宿」への道中

旧町名保存碑 欄干橋町・ういろう

対面側の歩道から視界に入ってきていた、存在感のある建物は老舗「ういろう」本店です!

対面側の歩道からでも圧倒的な存在感を放っているのが、老舗「ういろう」本店です。まず驚くのがその外観。まるでお城の天守閣のような「八棟造り(やつむねづくり)」の立派な建物で、街道を行く旅人の目を釘付けにします。

ここは室町時代から続く外郎(ういろう)家の店舗。薬の「透頂香(とうちんこう)」とお菓子の「ういろう」の両方を今も大切に守り続けています。箱根越えを控えた江戸時代の旅人たちも、ここで万能薬を買い求め、甘いういろうでエネルギーを補給したのでしょう。私もここでお土産を調達。次なる難所に備えて、心強いお供ができました。

ブーちゃん
ブーちゃん

18世紀から続く歌舞伎のすごい演目「外郎売り」はここのことなんだブ!「外郎売」の口上は、今は声をきれいにしたり滑舌を良くしたりするための、一番のトレーニング教材として大人気なんだブ。プロの人からみんなまで、幅広く使われている魔法のセリフなんだブ!ボクもこれを読めば、もっとお喋りが上手になれる気がするブ!

家に帰ってから食しました。

ブー妻ちゃん
ブー妻ちゃん

小田原のういろうは、600年の歴史が詰まった「元祖」の味だブ!米粉のずっしりした重みと、もちもち・むっちりした力強い粘りがたまらないブ〜。素朴な甘さと粉の風味が鼻に抜けて、最高に幸せだブ!

旧町名保存碑 筋違橋町(すじかいばしちょう)

「筋違(すじかい)」という名の通り、かつてはクランク状の道に橋が架かっていた場所です。城下町の防衛拠点としての役割を今に伝える石碑に、かつての緊張感と活気を感じます。
外郎売りの口上の中にも「小田原の筋違橋町」というフレーズが登場し、その名が知られています。

対潮閣跡(秋山真之終焉の地)

日露戦争の英雄、秋山真之がその生涯を閉じた場所です。現在は碑が立つのみですが、かつては波の音が聞こえる静かな別荘地だったのでしょう。激動の時代を生きた軍人が、最期に小田原の海を眺めて何を思っていたのでしょうか。

ブーちゃん
ブーちゃん

秋山真之は、明治時代の海軍ですごい作戦を考えた「知恵袋」なんだブ!
アメリカで学んだ最新理論と日本の古武術をミックスして、バルチック艦隊を倒すための最強戦術を作ったんだブ。文学が好きで「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」っていう名文も残したブ。でも実は心が繊細で、戦争の悲しさに悩んで宗教に救いを求めた人間くさい人でもあるんだブ。ボクも彼みたいに賢くなりたいブ!

さらに進むと、徳川家や北条氏といった歴史の主役たちの名前が次々と登場します。

山角天神社(やまかくてんじんしゃ)

小田原城に近い閑静な住宅街にあるこの神社は、学問の神様・菅原道真公を祀っています。実はここ、童謡「通りゃんせ」の発祥の地という説もあるんです。「行きはよいよい、帰りは恐い」……これから挑む箱根の山道を暗示しているようで、少し背筋が伸びる思いがしました。目の前の長い階段を見上げ、今回は下から静かに手を合わせることに。

大久寺(だいきゅうじ)

北条氏のあとに小田原城主を務めた大久保家の菩提寺です。境内には凛とした空気が流れ、代々の城主たちがこの地を治めてきた誇りが漂っているようです。

光円寺(こうえんじ)

こちらは、あの「春日局」が開基したという言い伝えが残っているお寺。徳川家光の乳母として権勢を誇った彼女の足跡が、こんなところにも残っていることに驚かされます。

小田原宿の西の出口「板橋口」を抜けると、道は徐々に勾配を帯び始めます。

板橋口

かつてはここが小田原宿の西端。ここを越えると、いよいよ「箱根路」の始まりです。「枡形」や「喰違」の構造が、現在の道路のカーブとして体感できる形で残っています。

内野邸・旧内野醤油店

板橋口から500mほど歩いたところに内野邸・旧内野醤油店がある…はずだったのですが、工事中でした。かつての醤油醸造業の栄華を物語るその佇まいは、小田原市を代表する歴史的建造物として保護・整備の段階にあるようでした。美しく整備された姿が見られる日が楽しみですね。

板橋地蔵堂

「弘法大師の作」と伝わる延命地蔵尊が祀られており、箱根越えに挑む旅人が道中の安全を祈り、無事に越えた者がお礼参りをする東海道の重要な拠点となっていたようです。
この日は境内でイベントが行われていて、子供連れの家族でにぎわっていました。

その後しばらく、箱根登山鉄道沿いを歩きます。
このあたりから、箱根に向かう車が徐々に増えてきます。

そして山の向こう側に豊臣秀吉の「石垣山一夜城」史跡があると思われます。

日蓮聖人霊跡

小田原厚木道路の下にある踏切を渡ったところに「日蓮聖人霊跡」があります。
日蓮聖人が佐渡流罪から戻る際に立ち寄ったとされる場所です。歴史的な偉人たちが歩いたのと同じ道を今、自分が歩いている。その事実に、足の疲れも少しだけ軽くなります。

八幡神社(風祭)

風祭村の鎮守様です。木々に囲まれた境内は、歩き疲れた体に心地よい木陰と静寂を与えてくれます。

歩き旅グルメ 鈴廣かまぼこの里

小田原といえばかまぼこ。かまぼこといえば「鈴廣」は外せませんね!
2025年に創業160周年を迎えるという、まさに街道の歴史と共に歩んできた老舗です。 妻は軽食コーナーに飛び込むと、人気の「おっととライス(チーズ味)」が残りわずか!迷わずゲット!外のベンチでいただきました。

ブー妻ちゃん
ブー妻ちゃん

「おっととライス」のチーズ味、最高だブ!小田原の「おっとと(お魚)」と「ライス」の運命の出会いだブ!
外はカリッ、中はすり身のぷりぷり感ともち米のモチモチがたまらないブ!濃厚チーズのコクに、私の食欲は止まらないブ〜!地ビールと一緒にガブッといきたいブ!

江戸日本橋より二十一里目「風祭一里塚」

日本橋から数えて21番目の一里塚です。現在は標柱が立つのみですが、西から来る旅人にとっては箱根を越えて、小田原まであと一歩の目印。大きな励みになったのではないでしょうか。

宝泉寺(ほうせんじ)

北条時長によって創建された、歴史ある臨済宗の古刹です。静かな境内を歩くと、小田原北条氏の歴史がすぐそばにあることを実感します。

長興山紹太寺 総門跡

緩やかな坂道が続き、じりじりと体力を奪っていきます。10分ほどあるいたところに「長興山紹太寺 総門跡」があります。

かつては広大な寺域を誇った紹太寺。その入り口であった総門は江戸時代、旧東海道に面して堂々とそびえ立ち、旅人たちの目を引くランドマークだったのではないでしょうか。

ブーちゃん
ブーちゃん

紹太寺は、春日局ゆかりの稲葉一族が建てた歴史あるお寺だブ!国指定史跡の「稲葉一族墓所」や、樹齢350年以上の「長興山のしだれ桜」が見どころで、地域の歴史と観光のシンボルなんだブ。歴史の重みを感じながら、美しい桜を眺めるのは最高だブ。

駒ノ爪橋跡・日本初の有料道路の碑

源頼朝の馬の蹄の跡が残っていたという伝説がある場所です。歴史のレジェンドたちが駆け抜けたエピソードが、あちこちに散りばめられています。

少し先にあるのが「日本初の有料道路の碑」。実はここ小田原から箱根にかけては、日本で最初の「有料道路」が開通した場所なんです。
近代の自動車に対する有料道路とばかり思っていたら、江戸時代の人力車や大八車が対象だったようですね。

陽もだいぶ傾いてきました。ここから三枚橋まで、1号線と登山鉄道に挟まれた道をひたすらに進んでいきます。
このあたりは、いつ来ても車が渋滞していますね。

三枚橋

ついに本日の終着点、三枚橋に到着です!早川に架かるこの橋は、古くから「箱根の登り口」として知られてきました。ここを渡れば、いよいよ天下の険。川のせせらぎが、次の旅の激闘を予感させる、旅の重要なターニングポイントです。


小田原の城下町から、箱根の入り口である三枚橋まで。かつての旅人たちが万能薬「ういろう」を懐に忍ばせ、意を決して山に向かった姿が目に浮かぶような道のりでした。歴史の重みと、自然の変化を五感で楽しめるこの区間は、歩くほどに発見があります。

さて、次回はついに東海道最大の難所「箱根越え」に挑みます!石畳の道と急勾配が待ち受ける、歩き旅最大のハイライト。しっかり準備を整えて、伝説の道を一緒に攻略しましょう。次回はいよいよ「箱根の山は天下の険」編もお楽しみに!

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