東海道歩き旅!5日目①「大磯宿」

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東海道
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こんにちは、ぶ~ちゃんです!

前回、情緒あふれる大磯宿の雰囲気にすっかり魅了されましたが、今回はその大磯を後にして、いよいよ次の目的地・小田原宿を目指す街道歩きの始まりです!

明治時代に「日本のハワイ」とも呼ばれ、多くの政財界のトップたちが別邸を構えた大磯は、まさに生きた歴史の博物館。古い道標や道祖神に触れるたび、「昔の旅人も同じ景色を見たのかな?」と、時を超えた旅情に胸が熱くなります。潮風と松の香りが心地よいこの道を、あなたも私と一緒に歩いている気分で、歴史のロマンに浸ってみませんか?

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東海道の旅 5日目-1

温暖な気候と美しい海岸線に恵まれた大磯は、江戸時代から続く東海道の宿場町でありながら、明治時代以降、その居心地の良さから極上の保養地として一躍注目を集めました。

数多くの政治家や文化人がこの地に静かな隠れ家(別邸)を構えたことで、街は華やぎ、その歴史が今の街並みに深く刻み込まれています。ただ歩くだけでなく、その足跡をたどることが、この街道歩きの醍醐味なんです。

旧島崎藤村邸

まず訪れたのは、日本を代表する文豪・島崎藤村が晩年を過ごした「旧島崎藤村邸」です。実は前回大磯を訪れた際は閉館時間後で立ち寄れなかったため、今回念願叶っての訪問となりました。

藤村はこの大磯の地をこよなく愛し、ここで数多くの名作を生み出しました。 手入れの行き届いた美しい庭を眺めながら、思わず立ち尽くしてしまいました。
文豪の息遣いがすぐそばにあるように感じられ、私も創作意欲が刺激される気がしました。


前回終了地点の大磯の京見附を過ぎると、いよいよ旧東海道の雰囲気を感じられる「東海道松並木」が迎えてくれます!この松並木、大切に植え継がれていて、本当に立派でした。

明治記念大磯邸園

早速、この日のハイライトの一つ、「明治記念大磯邸園」に到着です!
ここは、旧伊藤博文邸など、明治の元勲たちが残した数々の別邸跡を整備し、公園として公開しているエリアです。現在は整備工事中の区画もありますが、陸奥宗光別邸跡と大隈重信別邸は改修工事が完了しており、見学が可能です。

旧陸奥宗光別邸・旧古河虎之助別邸

陸奥宗光は、第2次伊藤博文内閣で外務大臣として成し遂げた不平等条約の改正をしたり、日清戦争(1894年)の開戦と終戦処理においても中心的な役割を果たした人物です。彼がこの地で過ごし、日本の行く末を案じていたのだろうかと想像すると、ただの街道歩きではなく、生きた歴史の追体験になることを実感できます。

旧大隈重信別邸・旧古河別邸

さらに歩みを進めると、旧大隈重信別邸と旧古河別邸の跡地にたどり着きました。大隈重信は、早稲田大学の創設者としても有名です。教育と政治に尽力した彼の別邸跡も、大磯の歴史を語る上で欠かせません。この一帯は、当時の指導者たちが集い、国の未来について語り合った、一種のサロンのような場所だったのかもしれません。

明治記念大磯邸園の開園エリアはこの2か所となります。
別邸跡は、それぞれが個性的で、当時の富と権力の象徴であったことが垣間見えます。

ふたたび旧東海道の道筋へと戻って少しあるくと、工事中の藤博文の別荘「滄浪閣(そうろうかく)」旧跡、西園寺公望別邸跡・旧池田成彬邸付近に新しい建物が立っているのが見えました。

全面開園は2025年度中を予定しているそうです。これから大磯の歴史的魅力がさらに深まると思うと、今からとても楽しみですね!

西国三十三所順礼講塔

街道脇にひっそりとたたずむ西国三十三所順礼講塔は、当時の信仰の深さを物語っています。 実際に西国へは行けなくても、この塔を拝むことで、巡礼をしたのと同じ功徳が得られると信じられていました。

少し歩いたところに「日本橋から70km」のキロポストがありました。東海道全行程の1/7…遠い道のりです。

西町の道祖神

旧東海道を歩いていると、西町の道祖神を見つけました。
この道祖神は、集落の境にあたる場所に立ち、旅人や地元住民の安全を見守ってきた信仰の対象であったことを示しています。

旧吉田茂邸

さらに海岸沿いに歩き進めると、戦後の日本を方向づけた第45代・48〜51代内閣総理大臣、吉田茂が晩年を過ごした「旧吉田茂邸」があります。 現在は、神奈川県立大磯城山公園(旧吉田邸地区)の一部として建物と庭園が整備・公開されており、歴史ファンにはたまらないスポットです。広大な敷地を歩いていると、ここで吉田茂が激動の時代を乗り越えるための英気を養っていたのだろうと感じられます。

賓客を迎える応接間として利用されていたのが「金の間」。
この部屋からは富士山と太平洋を一望することができました。毎日この景色を見ることができるんですね。贅沢ですね。

旅の序盤で長居はできませ。ゆっくりと見学したい気持ちを抑えながら旅を続けます。

江戸日本橋より十七里目「国府本郷の一里塚」

17里目の一里塚です。ここ国府本郷の一里塚は撤去されてしまい、現在その姿は残っていません。旧東海道が国道1号線と並走する道筋に、一里塚跡の碑と説明板が設置されています。

原町の道祖神・地神塔

少し進むと、原町の道祖神・地神塔もありました。 道祖神と地神塔が並んでいるのは、この地の農耕と旅路の安全への願いが深く結びついていたことを示しています。

古代相模国の中心地へ!総社・六所神社

この地域の古代からの歴史と信仰に触れる場所へ向かいます。このあたりはかつて相模国の中心地でした。

国府祭(座問答)の標石

「国府祭(座問答)」の標石は、古代相模国の祭祀の歴史を示す重要な目印です。 毎年5月5日に行われる国府祭の「座問答」は、二宮神社の神職(神子)と祭りの総代が、御旅所への移動について三度問答を交わす特殊な神事。相模国の総社である六所神社で行われる、由緒あるお祭りの歴史に触れることができました。

六所神社 大鳥居:神聖な空気を迎える朱色の鳥居

旅のハイライトのひとつ、「六所神社の大鳥居」が見えてきました! 相模国の一之宮から六之宮までのご祭神を合わせ祀るこの神社は、この地域の信仰の中心地。

朱塗りの鳥居をくぐると、古代からの神聖で清々しい空気が漂っているように感じられます。

国府新宿梵鐘 (宝積院)

六所神社のそばにある宝積院(ほうしゃくいん)には、国府新宿梵鐘があります。宿場町の歴史を今に伝える貴重な梵鐘で、大磯町最古の梵鐘として知られています。


JR線のをくぐり抜けていきます。

くぐり終えて、神社まで続く道の途中に、紙垂(しで)のついた存在感のある大木が現れます。根本の札には「樹齢600年」とあり、その迫力は圧巻です。自然が持つ圧倒的な力強さに、ただただ見入ってしまいますね。

相模國総社 六所神社

道の突き当たりにあるのは「相模國総社 六所神社」。
この神社は、相模国の一之宮から六之宮までのご祭神を合わせ祀る「総社」であり、相模国の神様すべてに一度に参拝できるという、歴史的にも信仰的にも非常に重要な場所なんです。特徴として、女性の災難除けや良縁にご利益があるとされる「櫛稲田姫命」を祀っており、櫛の形のお守りが有名です。街道歩きの無事を感謝し、旅の安全や開運招福のご利益を願うには最適のパワースポット!

拝殿を見上げると、その神聖な空間にかけられた大きな注連縄の迫力に圧倒されます。この注連縄は、御祭神が出雲国と縁があることから、重さ250kg、長さ4.3メートル以上もあるという圧巻のスケールで、神奈川県内でもあまり見ることの出来ない非常に珍しい大注連縄です。神域と俗世を分ける境界を力強く示しています。

今回の大磯宿からの街道歩きは、単なる旧街道の踏破に留まらず、明治の華やかな歴史と、相模国の総社としての威厳など五感を通して感じる歴史観光となりました。

次回はいよいよ城下町・小田原。城下町の賑わいをお届けする予定です。ぜひご期待くださいね!

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