こんにちは。ぶ~ちゃんです。
夫婦で一歩一歩、歴史の面影を確かめながら歩みを進める東海道の旅。13日目は、かつて大御所・徳川家康公が城下町として目覚ましい発展を遂げさせた「府中宿」の札の辻高札場跡からスタートします!
駿府の豊かな歴史と文化を今に伝える史跡はもちろんのこと、江戸時代の旅人たちが旅情を深め、胃袋を満たした「二大名物グルメ」が私たちを待っています。川越えの歴史に思いを馳せながら、五感いっぱいに歴史の風を感じる旅へ、一緒に出かけてみましょう!
東海道歩き旅13日目-1
駿府城下から安倍川へ!伝統の味と川越しの歴史
賑やかな府中宿の街並みを西へ抜け、かつての城下の出入口へと向かって歩を進めます。

田尻屋 総本家
活気あふれる府中宿の街並みを西へと抜け、かつての城下の西の出入口へと足を勧めると、老舗の風格が漂う佇まいが見えてきます。
宝暦3年(1753年)創業とされる田尻屋は、駿府が誇る特産品「わさび漬け」の元祖として知られる超老舗です。江戸幕府の歴代徳川将軍家にも献上・愛好されていた伝統の逸品として伝えられています。

江戸日本橋から四十五里目「府中の一里塚」
田尻屋を過ぎて少し進むと、「府中の一里塚跡」の案内標がひっそりと佇んでいます。
ここは江戸日本橋から数えて45里目(約177km)にあたる一里塚があった場所です。

駿府キリシタン聖堂跡
緑豊かな安倍川町公園の中に足を踏み入れると、木漏れ日の中にひっそりと刻まれた石碑「駿府キリシタン聖堂跡」を見つけました。
大御所として駿府城に入った徳川家康公の時代、この地にはキリスト教の聖堂(教会)が建てられており、多くの信者が集っていたと伝えられています。しかし、その後の禁教令によって聖堂は破壊され、厳しい弾圧の歴史へと飲み込まれていきました。
平和な公園の木漏れ日の中で石碑を見つめていると、激動の時代に翻弄された人々の信仰と悲運の歴史が伝わってくるようです。

安倍川の川会所跡
街道はいよいよ安倍川の川岸へと近づき、街道筋と県道が合流する一角に「安倍川の川会所跡」の案内板が立っています。
江戸時代の安倍川は防衛上の理由から橋が架けられず、川越し人足(かわごしにんそ)が旅人を肩車や連台に乗せて渡す「徒渡し(かちわたし)」が行われていました。その料金の改定や安全管理、人足の手配を取り仕切っていたのがこの川会所です。

また、ここは慶安の変(1651年)で幕府転覆を企てた由井正雪が、潜伏中に幕吏に包囲され自刃した地としても歴史に名を残しています。川越しを待つ旅人の喧騒と、歴史を揺るがした事件の緊張感が交錯した場所だと思うと、感慨深いものがあります。

石部屋(せきべや)
川会所跡から目と鼻の先、引き寄せられるように辿り着いたのが、享保年間(1716〜1736年)創業の超老舗「石部屋」です。

江戸時代初期、徳川家康公が安倍川の茶屋で出されたきな粉餅を「金山(安倍川上流の金山)にちなむ金粉の餅」として「安倍川餅」と命名したという伝承があります。
昔の茶屋の面影を今に伝える風情ある店内に入ると、職人さんが目の前で手際よく温かいお餅をちぎり、きな粉や餡子を絡めて手際よく盛り付けてくれます。


今回いただいたのは「きな粉餅」「あんこ餅」「からみ餅」全種類!


石部屋の「きな粉餅」は香ばしいきな粉と甘〜いお砂糖がたっぷり絡んでパクパクいけちゃうブ!「あんこ餅」は滑らかなこしあんの上品な甘さがフワフワのお餅と相性抜群だブ〜!そして店内でしか味わえない「からみ餅」は、ツーンと爽やかな生わさびと醤油の香りがお餅の旨味をグッと引き立てて、もう箸が止まらない美味しさだブ!
あまりの美味しさに素早くお餅を口へ運ぶ妻の手つきは、まさに職人技並みのスピード感。一瞬でお皿が空になり、「もう一皿いけるかも……」と熱い視線を送ってくる妻を、「この後に丁子屋のとろろ汁が待ってるでしょ!」となだめるのに一苦労でした。
安倍川の義夫の碑
石部屋のすぐ隣、緑の木立の下に静かに佇むのが「安倍川の義夫(あべかわぎふ)の碑」です。


昔、安倍川で川越しのお仕事をしていた「喜兵衛(きへい)」さんという、とっても心の清らかな人がいたんだブ!ある日、川岸で150両(現在の価値で数百万円以上!)という大金が入った財布を拾ったんだブ。普通なら目がくらんじゃいそうだけど、喜兵衛さんはすぐにお客さんを追いかけて財布を届けたんだブ。旅の人が感動して「お礼を受け取ってくれ」と頼んでも、「当たり前のことをしただけ」と一銭も受け取らなかったんだブ!その無私無欲な徳を称えて建てられたのがこの碑なんだブ〜!
かごや商店
義夫の碑をあとにし、ノスタルジックな雰囲気を残す「かごや商店」の前を通り過ぎます。こちらのお店も創業100年以上の歴史を刻むあべ川もちの老舗です。昭和の面影を感じさせる商店街の風景は、旧街道の歩みの中にふっと優しい日常の温もりを添えてくれます。

文明の橋を渡り、平家物語の舞台へ
名物のお餅と歴史の美談で心もお腹も満たされた私たちは、いよいよ駿河国を代表する大河・安倍川へと向かいます。
安倍川橋(弥勒橋)
かつては川越人足に頼らざるを得なかった大河・安倍川。現在は大正12年(1923年)に完成した美しい下路トラス構造の「安倍川橋(弥勒橋)」が架けられています。
放物線を描く優美な鉄骨アーチの橋へと足を踏み入れると、川面から吹き抜ける風がとても爽快です。視界いっぱいに広がる河川敷の向こうには、これから私たちが目指す丸子宿や宇津ノ谷峠の青い山並みが連なっています。かつての旅人が「川止め」によって何日も足止めされた苦労や焦燥感に思いを馳せつつ、現代の橋のありがたみを足裏で確かめながら対岸へと渡り切りました。



駿府城下の賑わいを抜け、歴史の激動と人々の温かな物語が交錯する安倍川へ。江戸時代の旅人も味わった伝統の美味しさに励まされながら歩くひとときは、ただの移動では決して味わえない深い感動に満ちています。
皆様もぜひ、歴史の風を感じながら旧東海道の歩き旅に出かけてみませんか?
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