日光街道歩き旅【9日目③】鉢石宿|ゴール目前!杉並木公園から日光駅前のレトロ建築へ

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日光街道
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こんにちは。ぶ~ちゃんです。

日光街道歩き旅9日目もいよいよ大詰め!二宮尊徳の足跡を巡った今市宿の散策を終え、いよいよ日光街道最後の宿場町「鉢石宿」を目指します。ここからの約5kmは、世界に誇る日光杉並木に深く抱かれる、街道でも最も神聖で静寂に包まれた区間。樹齢400年を超える杉の巨木たちが立ち並び、足を踏み入れると空気がひんやりと変わるのが分かります。まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような静けさの中、戊辰戦争の生々しい痕跡や、ゴール直前で出会った最高の「ご褒美グルメ」まで、一緒に旅の終盤を歩いてみましょう!

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日光街道の旅 9日目-3

ゴール目前!今市宿から鉢石宿への道程

15:00
今市宿の賑わいを抜け、杉並木へと足を踏み入れると、足元の道は現代のアスファルトから風情ある石畳へと変わりました。靴底から伝わる石の感触が心地よく、サクサクと歩く音が静かな林道に響きます。

七本杉跡

次の杉並木に入ってすぐ、右手に目に入るのが「七本杉跡」です。その名の通り、かつては根元が癒着して一本の巨大な株のように見えていた不思議な巨木でした。残念ながら老朽化により倒木の危険があったため伐採されてしまいましたが、現在はその巨大な切り株だけが静かに歴史を語っています。
その切り株の巨大さから、当時の姿を想像してしまいます。生前の雄大な姿を見てみたかった!

砲弾打込杉

緩やかな登り坂の杉並木が続きます。

杉並木をしばらく進むと、右手に「砲弾打込杉」の案内板が現れます。ここは幕末の戊辰戦争(慶応4年/1868年)において、旧幕府軍と新政府軍が激しく衝突した激戦地です。新政府軍が放った砲弾が直撃した跡が、樹齢数百年の杉の幹に今も大きなえぐれたような凹みとして生々しく残っています。

静かな杉並木の中に、突如として現れる戦いの痕跡。歴史の重みと、杉の木の生命力の強さの両方を感じる、強烈なスポットでした。

ブーちゃん
ブーちゃん

戊辰戦争の際、大鳥圭介率いる旧幕府軍はこの日光方面へ退却してきたんだブ。この杉並木周辺でも激しい銃撃戦や砲撃戦が繰り広げられたんだよ。静寂に包まれたこの美しい杉並木で、かつて大砲の音が鳴り響いていたなんて信じられないブね。歴史の傷跡を抱えながらも青々と葉を茂らせる杉の生命力には、本当に驚かされるブ!

竜蔵寺薬師堂

砲弾打込杉からほどなく進んだ右手には、木立の中にひっそりと「竜蔵寺薬師堂」が佇んでいます。このお堂には、少し切ない伝説が残る石の梵鐘があります。昔、村人が立派な梵鐘を奉納しようとしたものの、あまりの重さに鐘を吊るす竜頭(一番上の部分)を壊してしまい、そのまま境内に置かれることになったのだとか。

薬師堂からさらにその先へ進み、JR日光線のガード付近に差し掛かると、道端に古い石塔群が多数並んでいました。この道が古くから多くの人々に歩かれてきた信仰の道であることを無言で教えてくれます。

静かな石畳の並木道がしばらく続きます。

国道との合流と杉並木案内板

並木道を抜け、再び国道と合流します。合流地点には、今市宿から杉並木に入る場所に設置されていたものと同じ、杉並木の歴史案内板がありました。

急に交通量が増え、車の音が周囲に響き渡ります。

生岡山王の常夜灯

合流地点の近くには、「生岡山王」と深く刻まれた立派な常夜灯がそびえ立っています。案内を見ると寛政3年(1791年)の建立。

常夜灯の先には石碑と参道が見えるのですが、なんとJR日光線の線路に見事に分断されており、ここから直接渡ることはできません。

この辺りから杉並木は断続的になり、歩道も狭くなります。車が忙しなく通り過ぎるのを横目に歩くのは少し緊張しますが、安全第一で進みます。

生岡神社の社標があります。本殿は踏切の向こうにあるので、この参道を進んでも踏切で遮られています。生岡神社に行くためには、少し先のガードをくぐって迂回する必要があります。

並木太郎(?)

日光杉並木の中で最も大きく、形の整っている杉は「並木太郎」と呼ばれているそうなのですが……残念ながら案内板は見つけられず、どれが太郎なのか特定できませんでした!

どの杉も天を突くように高く、幹の根元が複雑に絡み合ったものや、苔の衣をまとったものなど、ユニークな巨木たちが次々と現れます。初めて見る私には、どの木も「太郎」に見えてしまうほど立派でした。

明治天皇七里御小休所

「明治天皇七里小休止所跡」の石碑が建っていました。明治天皇が東北巡幸の際にここで休息を取られたことを示すものです。大名行列だけでなく、近代国家の幕開けを象徴する天皇の巡幸ルートでもあったこの道。いかにこの街道が重要な官道であったかがうかがえます。

日が暮れる杉並木、異国の人が愛した風景

16:00
陽がだいぶ傾いてきました。杉並木の中は日差しが遮られて薄暗くなり、周囲の静けさが一層増してきます。山間部の日の暮れの早さを肌で感じながら、先を急ぎます。

異人石

宝殿交差点を直進し、筋違橋を渡ると道が二手に分かれます。私たちは左の道を選び、再び杉並木へと入りました。

すぐ左手の道端に特徴再び杉並木に入ってすぐ、左手の道端に特徴のある大きな石が現れます。これが「異人石」です。

ブーちゃん
ブーちゃん

明治のころ、この杉並木をこよなく愛した外国人がいたんだブ。まるで風景そのものに恋してしまったみたいに、石屋さんに頼んで“特製の腰かけ石”を作ってもらったらしいブ。
その石に毎日のように腰を下ろして、静かに並木を眺めていたって話が伝わっているブ。
異国の人が、遠い日本の道端の杉並木にそんなに心惹かれたなんて、時代を超えた景色の力を感じてちょっと胸が熱くなるブ。

道はすぐに国道に合流します。JR日光線の高架を潜り、右の杉並木道に入っていきます。

坂を登ったその先には、石塔群があります。

16:30
さらに進むと再び杉並木に入ります。
交通量もさらに増え、お店や人影も見えるようになってきました。宿場町も近いです。

日光杉並木碑

相生交差点の左手には、立派な「日光杉並木碑」が建っています。ここまで長く寄り添ってくれた杉並木とも、もうすぐお別れです。

JR日光駅に到着

右手には、レトロで美しい洋館風の駅舎「JR日光駅」が見えてきました。

町に到着した安心感からか、さっきまで「まだまだ歩けるわよ!」と意気込んでいた妻ですが、駅舎の明かりを見た瞬間、急にスイッチが切れたようにゾンビのような足取りに……(笑)。

日光街道のゴールまで、あとほんのわずか!明日は、いよいよ最後の宿場町「鉢石宿」をじっくり散策し、感動の最終章を味わいたいと思います!

揚げゆばまんじゅう本舗 さかえや

実はこの日、お昼は軽いスイーツを食べただけ。お腹をペコペコに空かせた私たちが東武日光駅前(JR日光駅のすぐ近く)で見つけたのが、「揚げゆばまんじゅう本舗 さかえや」です!
辺りはすっかり暗くなっているにも関わらず、お店の前には行列が。テレビでも何度も紹介されている超有名店です。迷わず列に並び、揚げたて熱々の揚げゆばまんじゅうをゲットしました!

たくさん歩いてお腹が空いたときに出会う熱々の食べ物は、まさに格別。心も体もすっかり満たされました。

ブー妻ちゃん
ブー妻ちゃん

外はサクッと香ばしくて、中はしっとりなめらかな餡の甘さが広がるのブ~。 ふりかけられた塩が、あんこのやさしい甘さをキュッと引き立てていて、ゆばの風味ともぴったりマッチしてるブ。熱々をひと口ほおばると、塩気と甘みがじんわり体に染みわたって、なんだか幸せな気分になっちゃうブ~。疲れた体をふんわり癒してくれるご褒美おやつだブよ。

日光街道9日目 まとめ

日光街道9日目は、「大沢宿」から「鉢石宿」手前までの約14kmを、6時間半かけて歩き切りました。
この日の行程はほぼ杉並木が続き、景色が単調に感じることもありましたが、世界遺産の歴史を肌で感じ、戊辰戦争の痕跡に触れることができた貴重な一日でした。車でサッと通り過ぎてしまえばただの木立ですが、自分の足で歩くことで、石塔や傷ついた杉の木一つひとつが鮮明な記憶として刻み込まれました。

みどころ

ブーちゃん
ブーちゃん
  • 日光杉並木: 樹齢400年を超える世界最長の並木道。圧倒的なマイナスイオン。
  • 七本桜一里塚: 街道の距離を測る重要な目印。
  • 今市宿: 報徳二宮神社など、二宮尊徳ゆかりの地。
  • 杉並公園: 移築された古民家や水車があり、休憩にぴったり。

エリアの特徴

ブー妻ちゃん
ブー妻ちゃん
  • 地形: 日光に向けて緩やかな上り坂が続くため、じわじわと体力を削られます。
  • 歩道の状況: 保護地域となっている杉並木道は車が通らず快適ですが、それ以外の国道沿いは歩道が十分に整備されていない場所もあり、交通量も多いため注意が必要です。
  • アクセスと食事: 今市宿周辺にはJR、東武線の駅があり、エスケープもしやすいです。また、今市宿や日光駅周辺は食事処やカフェが豊富にあります。

今日のウォーキング

日光街道歩き旅9日目の記録です。8日目同様に急な上り坂はありませんが、日光に向けて高低差約+250mの緩やかな登りが続きました。大きな寄り道はありませんでしたが、スタート地点に戻るまでの移動を含め、かなりの歩数になりました。

歩数:42,081歩

距離:28.92km(日光街道のみ:14km)

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