こんにちは、ぶ~ちゃんです!
今回は、江戸時代の最大の難所の一つ、箱根旧街道の東坂に挑んできました!
箱根湯本から芦ノ湖を目指すこの道は、険しい山越えが待ち受けます。しかし、その分、歴史の重みと、登りきった者だけが見られる絶景、そして道中にある数々の史跡に触れられる、まさに特別な街道歩きです。
五感をフルに使って体験した「箱根の真髄」を、皆さんも一緒に歩いているような感覚でお届けします!
東海道歩き旅 7日目-1
箱根湯本駅に降り立った瞬間から、すでに旅の空気で胸がいっぱいです!駅前の賑わいから一歩旧街道に入れば、そこはもう静寂と歴史が息づく別世界。いよいよ、険しい山道へと足を踏み入れていきます。

箱根路東坂の起点
旅の起点は、多くの旅人を送り出してきた箱根湯本です。小田原宿から続き、いよいよ本格的な山道に入る緊張感が漂います。
三枚橋に続く欄干には、参勤交代を表現したしたシルエットのプレートが並びんでいます。

三枚橋
スタート直後、早川にかかる三枚橋を渡ると、いよいよここからが「箱根路東坂」の本番です。江戸時代にはここに板橋がかかっており、馬子たちが客を奪い合ったという逸話も残る場所。橋の下を流れる早川の轟音を聞きながら、これから挑む標高差約800mの山道へ向けて靴紐を締め直します。ここを越えれば、もう後戻りはできません!

下宿の道祖神
三枚橋を渡ってすぐ、街道の片隅にひっそりと佇むのが下宿(しもじゅく)の道祖神です。何百年もの間、不安を抱えて山に入る旅人を見守り続けてきましたのでしょうね。こうした小さな祈りの場が、街道歩きの精神的な支柱になります。

早速坂道の勾配がきつくなってきますが、道沿いには歴史の重みを感じさせる寺社が点在しています。

白山神社(はくさんじんじゃ)
湯本村、湯本茶屋村の鎮守として地域に根付く神社です。階段の手前の手水舎からは「白山水」と呼ばれる御神水が湧き出ています。清らかな水で手を清めるだけで、身が引き締まる思いです。


階段を上ると社殿がありますが、旅序盤にしてすでに息が上がってしまいました。

白山神社大岩
白山神社の境内、社殿左前方に立つ金色の鳥居が目印。その奥の坂を少し上ると、圧倒的な存在感を放つ巨岩が現れます。苔むした大きな岩からは、自然のパワーがビシビシ伝わってきます。知る人ぞ知るパワースポットです。


早雲寺
白山神社のはす向かいに早雲寺があります。1521年に創建された北条氏ゆかりの名刹。戦国大名・北条早雲の遺命により建てられたこの寺は、街道の喧騒とは無縁の静寂に包まれています。境内には北条五代の墓所があり、歴史ファンにはたまりません。

豊臣秀吉による小田原征伐(1590年)の際に一度焼失したものの、江戸時代初期に再建され、北条氏ゆかりの品々や遺構を今に伝えています。

早雲寺惣門
早雲寺の結界を示す、威厳ある惣門。箱根湯本の町は、元々この早雲寺の門前町として発展したと言われているそうです。

北条五代の墓
早雲寺の境内奥に、北条氏五代(早雲・氏綱・氏康・氏政・氏直)の供養塔が並んでいます。関東を統治したあの一族がここで眠っていると思うと、なんだか感慨深いものがあります。

曽我兄弟の伝説と石畳の難所を体感
山道に入ると、舗装路から石畳へと道が変わります。足元に神経を使いながらも、日本三大仇討ちの一つ「曽我兄弟の仇討ち」の物語が残る史跡を巡ります。この辺りから湿気を含んだ苔むす石畳が現れ、まさに「難所」の雰囲気を肌で感じました。

弥坂湯
「弥坂(いやさか)」という急坂の途中にある共同浴場。地元の方に愛されている、とっても素朴な温泉です。レトロな感じがたまりませんね。

正眼寺(しょうげんじ)
鎌倉時代の「曽我兄弟の仇討ち」伝説と縁が深いお寺です。境内には兄弟の供養塔があって、本堂の裏には彼らが雨宿りをしたという場所も残っているんですよ。兄弟の固い絆と悲劇の物語を知ってから訪れると、景色がより深く見えてきます。



曽我兄弟供養塔
父の仇を討つため、苦難の末に本懐を遂げた曽我十郎・五郎兄弟。その魂を慰めるために建てられた供養塔です。彼らの執念と、それを語り継いできた人々の想いが伝わってくるようです。

仲の茶屋の石祠道祖神
今はもう茶屋はありませんが、「仲の茶屋」という名前から、かつてここで旅人がお茶を飲んで休憩していた光景が浮かびます。小さな石祠の道祖神が、往時の賑わいを静かに伝えています。


江戸日本橋から二十二里目「湯本一里塚」
江戸・日本橋から数えて17番目(約68km)の一里塚跡です。箱根の急峻な坂道が始まる手前の休息点として、かつての旅人にとって重要な役割を果たしていたのではないでしょうかね。

その少し先に「石畳入口」の案内板があります。旧街道が色濃くなってきます。箱根越えもいよいよ本格的になってきます。


馬立場
石畳案内板のすぐ向かいにあるのが「馬立場」がありあます。ここは急坂の手前で地名が示す通り、馬を休ませたり、荷物を積み替えたりした場所です。馬に水を飲ませるために使われていた石造りの桶が残っています。ここから先は、人も馬も気合を入れ直さなければならない区間だったのでしょうね。

猿沢の石畳道
ここから、箱根旧街道の真骨頂である石畳が本格的に現れます。歴史情緒あふれますね!テンション上がります!
不揃いな石の上を歩くのは結構コツがいります。足首をひねらないように気をつけましょうね。


江戸幕府が作ったこの道は、雨の日でも足元がドロドロにならないように工夫された、当時の最先端インフラなんだブ。不揃いな石の上を歩くのは少し大変だけど、足の裏から伝わるゴツゴツ感は、何百年も前から変わらない歴史の記憶そのものだブ!
さるはし
その先の谷に架かる「さるはし」です。現在はコンクリートの橋になっていますが、昔は猿しか渡れないような危うい橋だったとか、猿が遊んでいたからとか、名前の由来を聞くだけで山深さが想像できますね。


箱根観音 福寿院
江戸時代の旅人の守護に端を発する歴史ある聖地でありながら、現在は日台交流の架け橋としての顔も持つ非常に珍しい寺院です。
旧甲州街道から少し下った、崖の中腹にあります。



ここから石畳の道が一旦途切れて、少しの間歩道のない車道を進むことになります。交通量は少ないですが、下ってくる車のスピードが速いので危険を感じます。

観音坂石碑
「観音坂 登リ二町許」と刻まれた古い石碑が立っています。「観音坂」という名は、かつてこの付近に「観音堂」があったことに由来します。息が上がるほどの勾配ですが、名前のおかげで少し守られている気分にもなれます。



葛原坂の案内板がありました。観音坂を越え、須雲川集落へと向かう途中に位置していますが、観音坂との境界がどこなのかもわかりません。ひたすら長い坂道が続いています。


駒形神社
箱根旧街道沿いの「須雲川集落」の鎮守です。鳥居の向こうの階段は…登りません!今回は体力温存で見上げるだけにしておきました。須雲川集落を見下ろす高台にひっそりと鎮座しています。

鎖雲寺(さうんじ)
駒形神社を過ぎると「鎖雲寺」が現れます。
江戸時代に実際に起きたとされる仇討ち事件をもとに作られた『箱根霊験記』の舞台としてその名が知られました。古くから箱根旧街道を往来する人々の信仰を集めてきました。






『箱根霊験記』は、足が不自由になった勝五郎と、彼を支える妻・初花の感動の仇討ち物語だブ!箱根の険しい山道を、初花が夫を車に乗せて進む献身的な姿に胸が熱くなるブ。最後は初花が命懸けで祈り、奇跡が起きて勝五郎の足が治り、見事に仇を討ったんだブ!江戸時代から人々に愛された、神様のご利益と夫婦愛の素晴らしいお話だブ。
今回の箱根旧街道歩き、いかがでしたか?湯本から須雲川までの道のりは、確かに険しい坂の連続でしたが、点在する道祖神や歴史ある寺院が、歩く疲れを忘れさせてくれる不思議な魅力に満ちていました。当時の旅人がどんな想いでこの坂を見上げたのか……そんな想像を膨らませるのも、街道歩きの醍醐味ですね。
次回の記事では、いよいよ「畑宿」から、箱根越えの最大の見どころ「箱根関所」へと続く、さらにディープな石畳の世界をご案内します!箱根越えを一緒に楽しみましょう。
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