こんにちは。ぶ~ちゃんです。
今回は「神奈川宿」へ向かう道中、横浜市鶴見区の「生麦」周辺をゆったり散策しました。
徳川将軍ゆかりの地名の由来や、子育地蔵尊と慶岸寺、かつて魚河岸で栄えた「生麦魚河岸通り」など、見どころ満載の道中です。さらに忘れてはならないのが、幕末の大事件「生麦事件」の現場でもあるという点。日本の歴史の転換点ともいえる重要な出来事がこの地で起こったんですね。
歴史を肌で感じる、心に残る街道歩き、楽しんでみてください。
東海道の旅 2日目-3
「神奈川宿」への道中
10:30
国道駅を過ぎると、「生麦」エリアに入ります。閑静な住宅街が続きます。
「生麦」の地名の由来には諸説あるようですが、有力なのは江戸時代、徳川二代将軍秀忠がこの地を訪れた際、ぬかるんでいた道に、まだ収穫前の麦を刈り取って敷いたことに由来するとされる説です。

少し進んだ右手に子育地蔵尊が見えてきます。堂内には木彫りで、立高1.8mの地蔵が安置されています。
このお堂は、すぐ裏にある慶岸寺が管理しています。
慶岸寺の手入れの行き届いた庭には、なんと「鶴見七福神」が勢ぞろいしていましたよ!



このあたりは「生麦魚河岸通り」と呼ばれ、かつては魚屋が立ち並ぶ活気ある通りだったそうです。
江戸時代には御菜八ヶ浦の一つとして江戸城に食材を献上しており、漁業が盛んでしたが、明治末期の埋め立てにより姿を消しました。その後、魚介類を扱う商店が増え、現在の姿になりました。


少し寄り道して鶴見川の河川敷に出てみると、「鶴見川河口干潟」が広がっています。
写真では目立ちにくいですが、川沿いには白い貝殻が敷き詰められた人工の砂浜もあり、ちょっとした海辺の雰囲気が楽しめます。
河口の先には東京湾が広がり、視界が開けていて、とても気持ちのいい景色が味わえます。


道念稲荷神社
街道に戻って、また少し歩いた右手に、美しい鳥居が並んだ「道念稲荷神社」が現れます。目立ちますね。
指定無形民俗文化財にも認定されている「蛇も蚊も祭り(じゃもかもまつり)」の発祥の神社としても知られています。




蛇も蚊も祭りは、今から約300年前、悪い病が流行ったときに始まった風習なんだブ!萱で作った大きな蛇に悪霊を封じて海に流したのが由来ブ!子どもや若者たちがその蛇を担いで「蛇も蚊も出たけ、日和の雨け、出たけ出たけ!」って大声で町を練り歩くんだブよ〜!
生麦事件発生現場
生麦といえば「生麦事件」です。
日本の歴史を大きく変えた出来事がここで起こったんですね。


生麦事件は、1862年に横浜の生麦村で起きたブ。薩摩藩の行列を横切ったイギリス人が斬られたことで、国際問題に発展し、薩英戦争が始まったブ。この事件が日本の近代化を加速させた重要な出来事なんだブ!
生麦神明社
公園内にある生麦神明社です。
地域住民の憩いの場ともなっています。
ベンチがあったので、しばらく休憩させていただきました。
こ毎年6月には「蛇も蚊も祭り」が道念稲荷神社と共に行われます。


このあたりから、キリンビール横浜工場の敷地沿い、横浜環状道路の下を進みます。


生麦事件碑
再び第一京浜道路と合流します。合流地点には「生麦事件碑」がひっそりと建っていました。
生麦事件は幕末の外交問題に大きな影響を与えた生麦事件です。
リチャードソンも、まさか川崎大師へピクニックに向かう途中で命を落とすなんて、夢にも思っていなかったでしょう。
お互いに相手の国の文化や習慣をよく知らなかったことから起きたトラブルでしたが、それが日本の歴史に大きな影響を与える出来事になってしまいました。本当は、こんな事件が起きないのが一番よかったんです。でも、もしこの事件がなかったら、今の日本は少し違った姿になっていたかもしれませんね。


再び第一京浜道路に沿って歩いてきます。国道沿いにはマンションが立ち並んでいます。

江戸日本橋より六里目「東子安一里塚」
トタン塀に「東子安一里塚」の案内板があります。
一度通り過ぎてしまいました。
かつて、塚には松やエノキが植えられていたそうです。

国道を挟んだ向こう側には「遍照院」の山門があります。室町時代からあるという歴史あるお寺だそうです。
山門前には京急本線の踏切があるため、通称「踏切寺」とも呼ばれ、撮り鉄の人気スポットのようです。

新子安駅付近の国道沿いに「西洋野菜栽培とトマトケチャップのふるさと」「トマトケチャップ発祥の地」碑があります。
子安は横浜開港後にトマト、セロリ、タマネギなどの西洋野菜の栽培をいち早く始めた地で、余ったトマトの加工を始めて国産トマトケチャップを作り出したのだそうです。


11:30
新子安駅前です。「日本橋より26km」のキロポストがありました。
1日半で26km。鈍足ですが、景色と史跡を楽しみながらゆっくりと歩いていきます。

入江橋からの景色です。運河には目を引かれてしまいますね。

東神奈川の文字がありました。
京急子安駅を過ぎると、神奈川宿は目の前です。


日本の歴史を変える事件のあった場所。次回は、開港の記憶が息づく「神奈川宿」を巡ります。どうぞお楽しみに!
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