東海道歩き旅!7日目②「箱根越え」

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こんにちは、ぶ~ちゃんです!

東海道歩き旅7日目2回目、いよいよ箱根の山中深くまで足を踏み入れます。今回は、須雲川沿いの自然豊かな古道から、伝統工芸・寄木細工の里として知られる「畑宿」を目指します。

石畳の急坂、伝説の残る史跡、そして旅人を待ち受ける最大の難所「七曲り」。ただ辛いだけじゃない、歴史のロマンと自然の厳しさが織りなす「箱根八里」の真髄を、一緒に体感しながら歩いていきましょう!

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東海道歩き旅 7日目-2

箱根宿までの道中

ここからは、車道の喧騒を離れ、森の息吹を感じるルートに入ります。

須雲川自然探勝歩道

須雲川の手前に現れるのが、この遊歩道の入り口。富士箱根伊豆国立公園の箱根地区に神奈川県が整備したルートで、ハイキングコースとして親しまれていますが、実は部分的に旧東海道そのものと重なっています。川のせせらぎをBGMに、本格的な山歩きの始まりです!

女転し坂(おんなころばしざか)の碑

なんとも恐ろしい名前の坂ですが、それだけ急で滑りやすいということ。馬に乗った女性がこの坂で落馬したといった由来があります。実際に歩いてみると確かに足場が悪く、名前の由来を身体で理解できる難所です。といっても険しいのはここだけではないですけどね。

この自然探勝歩道を越えれば、間の宿「畑宿」です。

岩の間に架かる丸太橋を慎重に渡り、対岸へ。マイナスイオンを全身に浴びて大自然を満喫できる瞬間です。

対岸にある階段を登りきると、一度舗装された道路に出ます。アスファルトに少しホッとしてしまいます。

割石坂の碑

畑宿へと続く階段の手前、「割石坂」の碑が見えてきました。ここで再び、あの伝説の曽我兄弟が登場します!ハイカーにとっても現在地を知る重要なランドマークです。

ブーちゃん
ブーちゃん

富士の裾野で仇討ちをしようとした、十郎兄さんと五郎弟さんのお話だブ!二人は刀がよく切れるか試すために、道にあった大きな石を「えいやっ」と真っ二つに斬っちゃったんだブ。そのすごい伝説があるから、ここは「割石坂」って呼ばれるようになったんだブ。

江戸時代の石畳

ここには、復元ではない江戸時代から残る本物の石畳が現存しています。 不揃いながらも計算された石の配置。かつて参勤交代の大名行列や、お伊勢参りの旅人たちが踏みしめた全く同じ石の上を、今自分が歩いている。そう思うと、一歩一歩の重みが変わってきますね。歴史の重厚感を足裏から感じます。

接待茶屋の碑

探勝歩道の終わりにひっそりと佇むのが「接待茶屋」の碑です。 江戸時代後期、ある富裕な商人が私財を投じ、ここに行き交う旅人のために無料でお茶や焚き火を提供した場所でした。 現代のように高機能なダウンジャケットもカイロもない時代。冬の箱根越えで凍える旅人にとって、ここの火と温かいお茶は、まさに「命のオアシス」だったはずです。当時の人々の情け深さに心が温まります。

大澤坂…整備中

本来であれば、車道を渡ったその先に旧道「大澤坂」が続くのですが…残念ながら現在は工事中(通行止め)でした。歴史の道を維持するためには、現代のメンテナンスも欠かせません。今回は迂回ルートをとり、車道沿いに畑宿を目指します。

しばらく進むと、畑宿の手前に「箱根旧街道」の支柱を発見。工事中だった道を進んでくると、本来はこの場所に合流するようです。

畑宿

集落が見えてくると、張り詰めていた気が緩んでホッと一息。 ここは箱根の伝統工芸「寄木細工」発祥の地としても有名です。軒先に並ぶ美しい幾何学模様の工芸品と、歴史ある家並み。これから挑む東海道屈指の急坂「七曲り」を前に、旅人の心を癒やしてくれる素敵な集落です。

ブーちゃん
ブーちゃん

江戸時代の箱根はとっても険しい道だったから、みんな大変だったんだブ!畑宿は、湯本と元箱根のちょうど真ん中にあって、疲れた旅人がひと休みしたりご飯を食べたりする「間の宿」として、すごく賑わっていたんだブ。正式な宿場じゃないけど、みんなに頼りにされる大事な休憩スポットだったんだブ。

畑宿本陣跡

畑宿は宿場と宿場の間にある「間の宿(あいのしゅく)」でした。本来、間の宿に本陣を置くことは珍しかったのですが、箱根越えがあまりに過酷だったため、畑宿には特例として参勤交代の大名や公家が休憩するための施設が設けられました。それほどまでに、箱根の山は厳しかったという証拠ですね。

明治天皇碑

明治元年、明治天皇が東幸の際にこの街道を通られたことを記念する碑。江戸から明治へ、時代の変わり目もこの道は見つめてきました。

畑宿寄木会館

箱根の伝統工芸・寄木細工の聖地です 職人たちが数百年にわたり受け継いできた「技」を間近で見られるだけでなく、実際に自分で作品を作ったり、お土産を買ったりと、寄木細工の世界をフルコースで楽しめます。休憩がてら、伝統の美に触れてみてはいかがでしょうか。

駒形神社

畑宿寄木会館のすぐ裏手、少し高台になった場所に鎮座しています。古くからこの畑宿村の鎮守として大切にされてきました。寄木細工の里ならではの信仰が色濃く残る、地域にとって非常に重要な場所です。

桔梗屋

かつて茶屋として栄えた屋号の名残。昔はこのあたりで「踏み間違えると千尋の谷に落ちる」と言われるほど道が細く険しかったそうで、桔梗屋での一服は、命がけの道へ挑む前の最後の安らぎだったのでしょう。

江戸日本橋から二十三里目「畑宿一里塚」

日本橋から23番目の一里塚。畑宿の集落を抜けるとすぐに現れます。
ここの特徴はなんといっても「左右一対の塚が残っている」こと。片方だけ残っている場所は多いですが、両方揃っているのは非常に珍しいです。復元されたものですが、道の両脇にこんもりとした塚が並ぶ様子は、まさに「ここからが本番だぞ」と語りかけるゲートのよう。 ここで一息つき、いよいよこの先に立ちはだかる箱根最大の難所「七曲り」への覚悟を決めましょう。

畑宿を過ぎると、道は再び容赦ない石畳の上り坂へと変わります。

西海子坂(さいかちざか)

サイカチの木が多く生えていたことから名付けられた坂。「踏み損なうと千尋の谷へ落ちる」と言われるほどの危険な場所だったようです。石畳の急坂が続き、ふくらはぎに乳酸が溜まってくる頃です。しかし、周囲の杉林の美しさは格別で、苦しいながらも清々しい森林浴が楽しめます。

七曲り

西海子坂を上りきり、車道に出たところ。そこが「七曲り」の入り口です。

地図で見ると蛇のようにうねる、有名なヘアピンカーブの連続区間。現在の車道もドライバー泣かせの難所ですが、歩きの旧道はそのカーブを串刺しにするように、直登に近い形で階段と坂が続きます。 「まだ続くのか…」と何度も心が折れそうになりますが、一歩登るごとに標高が上がり、木々の隙間から見える景色が変わっていく達成感は、自分の足で歩いた人だけの特権です!

ブーちゃん
ブーちゃん

「七曲り」っていうのは、とっても急な坂道を楽に登るための工夫がつまった道なんだブ!昔の人は、坂が急すぎて荷車なんかが登れなくて困っちゃったんだブ。そこで、道をヘビみたいにクネクネさせて、わざと距離を長くすることで坂をゆるやかにしたんだブ。
名前は「七曲り」だけど、実際には12個もカーブがあるんだブ!「七」っていうのは「たくさん」っていう意味で、運転手さん泣かせのすごい難所なんだブ。みんなも通るときは、目を回さないように気をつけるんだブ!

畑宿での安らぎも束の間、箱根の山は容赦なく牙を剥いてきました。「七曲り」の厳しさは想像以上ですが、一歩一歩踏みしめる石畳には、数百年の旅人たちの息遣いが染み込んでいます。

次回はいよいよ、旅人の憩いの場として名高い「甘酒茶屋」を目指し、箱根峠の頂点へと迫ります。疲れた体に染み渡る甘酒を楽しみに、もう少しだけ頑張りましょう!

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